上手にキスがしたい


世間一般の恋人達は、どれくらいのペースでその関係を進めているんだろうか。
付き合ったその日にやることをやってしまうカップルもいるだろうし、3ヶ月目くらいでやっと、というカップルもいるだろう。
周りの友人に聞いてみたいところだが、そんなことを聞いてしまえば彼女ができたと勘違いされ、根掘り葉掘りあれこれ聞かれること間違いなしだ。聞けるわけがない。俺は嘘がつけないから深く聞かれれば誤魔化しきれないだろうし、それはきっと彼の思うところではないはずだ。
そう、彼。俺に恋人ができたことに変わりはないが、正確に言うのであれば彼女ではなく彼氏ができたのである。

俺の恋人こと小野瀬謙吾くんは、俺と同じサッカー部で期待のエースの爽やかなイケメンである。まあ同じ部活といっても俺はただのしがないマネージャーなのだが。しかも二軍の。
一軍エースと二軍マネージャー、さらにクラスも違うので大した関わりはないと思っていたのだが、とある試合でミスをして落ち込んでいた時に俺から励まされたことで気になるようになったらしい。ぶっちゃけると俺にそんな記憶はない。ごめん小野瀬くん。
そんなこんなで彼は俺を目で追っているうちにどんどん好きになっていったようで、3ヶ月前に告白を受けたのである。告白された時はすごく驚いたが、顔を真っ赤にしている彼がなんだかとても可愛く見えて、気づけば俺は了承の返事をしていた。かくして俺たちのお付き合いが始まったのである。
小野瀬くんはその穏やかで爽やかな見た目通りの優しい男で、付き合い始めてからは部活で俺の仕事を積極的に手伝ってくれたり、一緒に帰る時に俺を最寄り駅まで送ってくれたりする。俺のような普通の人間、ましてや男の恋人にしておくには勿体ないと心底思うが、付き合っていくうちに俺も彼を好きになっていったので今更誰かに譲るつもりは到底ない。優しくてカッコいい自慢の彼氏である。

そんな彼とのお付き合いもつい最近3ヶ月を超えたわけだが、俺たちの関係は一般的なカップルに比べるとどうにも深まっていないように思う。そこで冒頭の疑問である。
この3ヶ月間俺たちが行ったスキンシップといえば、人気のない帰り道でこっそり手を繋いで帰ったことと、別れ際にハグを何度かしたことくらいだ。少女漫画もびっくりのピュアっぷりである。
いくら男同士での付き合いどころか恋人ができたことすら初めてな俺でも、さすがにこれが普通の恋人同士の付き合いの進度ではないことはわかる。最近のマセた中学生カップルとかの方が進んでるんじゃないだろうか。
俺よりは小野瀬くんの方が経験豊富だろうから、彼のペースに合わせれば何とかなると思っていたのだが、このままではハグ以上のことをするのに1年以上掛かりそうな気しかしない。
俺だって思春期真っ盛りの健全な男子高校生だ。好きな人とはもっとイチャイチャしたいし、ぶっちゃけそろそろキスがしたい。そんな欲が高まっているせいか、最近は気づくと小野瀬くんの形の良い唇を見つめてしまっている。変な奴だと思われていないだろうか…。
とにかくこの状況をなんとかしたいと思った俺は、先日ネットで見つけたあるものを試してみようと考えたのである。


珍しく部活がオフになった日の放課後、俺は小野瀬くんを我が家にご招待した。先日のアレを試みるべく、いつもの帰り道の途中で勇気を出して誘った。「よかったらうち来ない…?親は、いないんだけども」なんて下心丸出しの誘い文句だったせいか、ピュアボーイな小野瀬くんは顔を赤くして固まってしまった。まあすぐに「い、行く!!行きます!!!」と大声で叫んだので彼も俺とどっこいどっこいだろう。
俺の部屋へ通して、適当に寛いでいてくれと言って飲み物を取りに行ったが、部屋に戻ると小野瀬くんは正座でカチコチになっていて少し笑えた。緊張しすぎじゃないか?俺も人のこと言えないけど。

「麦茶しかなかったんだけど平気?」
「う、だ、大丈夫!ありがとう」
「急に誘ってごめん。でもせっかく部活休みだし、もうちょっと小野瀬くんと一緒にいたいと思って…」
「っ、あ〜〜〜〜………気にしないで?俺もそう思ってたし、橋田の部屋入れるの嬉しい…って、これはちょっと気持ち悪いよな…」
「や、そんなことは…」

俺も小野瀬くんの部屋に入れたらすごく嬉しいと思うだろうし、たぶん他の人たちもそうだと思う。自室ってことは好きな人の完全にプライベートな空間なわけだし、気を許してくれてる気持ちになる。

「えっと…誘っといてあれなんだけど、特にしたいことがあるわけじゃないんだよな…あ、ゲームでもする?」
「俺そんなに上手くないんだけど…」
「俺も大して変わらないと思うから。気楽にやろう」

セットしたのは世界的に有名な某配管工兄弟と愉快な仲間たちがカートやバイクを乗り回すレースゲームだ。遊び方もルールも単純で誰でも楽しめるゲームだから、やっているうちにぎくしゃくした空気は霧散していった。お互いにリラックスしてきたところで、当初の目的を果たすべく小野瀬くんに声をかけた。

「…あの、小野瀬くん。小野瀬くんは、今日が何の日か知ってる?」
「え、今日?なんかあったっけ…付き合って3ヶ月、はこの前迎えたばっかりだし…ごめん、わかんないや…」
「いや、そうだろうと思ってた。…えっと、今日、キスの日って言うんだって」
「キッ……へ、へえ!」
「俺たち、もう付き合い始めて3ヶ月経つし、俺としてはそろそろ先に進みたい、というか…ぶっちゃけるともう手繋ぐとかハグだけじゃ我慢できなくて…」
「う、ぁ、」
「……俺とキスとかするの、嫌かな」
「そ、そんな訳ない!!!!ていうかそもそも告白したの俺だし…橋田は無理に付き合ってくれてると思ってたから、グイグイいくのはダメだと思って…」
「俺、ちゃんと小野瀬くんのこと好きだよ。小野瀬くんと一緒にいるとすごく胸があったかくなるし、ずっとそばにいたいなって思う」
「ッ、橋田!」
「うわっ!あ、危ないよ小野瀬くん」
「ご、ごめん!でもあの、おれ我慢できなくて、その、」

押し倒してきた小野瀬くんの顔は今までに見たことがないもので、熱っぽく潤んだ目には情欲の色が浮かんでいるのがよくわかった。
悩ましげな表情が近づいているのに気づき、俺はそのまま目を閉じた。

「…ン、」

触れた唇は熱くて、柔らかくて、触れ合わせているだけでも気持ちがいいもので。ちゅ、ちゅ、と小さくリップ音を立たせながら何度か角度を変えてキスをしたところで、ようやく唇を離してお互いに見つめ合った。

「……すごい」
「ん、何が…?」
「ずっと橋田とこうしたいと思ってたから、夢みたいで…すごく嬉しくて…」
「…夢じゃないよ、俺も嬉しい」
「橋田、かわいい…は、」
「んむ、ふ、…な、もっと深いの、しよ。したい」
「〜〜ッ、煽んないでよ…!」
「あ…ン、ふぁ」

絡まる舌は唇よりももっと熱くてぬるぬるしていて、溢れた唾液が口の端から伝うのも厭わず貪り合った。
快感で生理的な涙が滲んで視界がぼやけ、意識もぼうっとしてきた頃、小野瀬くんの手がワイシャツの裾を捲りあげて脇腹や背中を撫で上げた。明確な意図を持ったその手つきはいやらしくて、ビクビクと身体を震わせてしまう。このまま一線を超えてしまうのか、でも小野瀬くんとならそれもいいかもしれない。
彼の手が徐々に徐々に上の方へ上がっていき、胸のあたりに差し掛かった瞬間、1階の玄関のドアが開く音がした。

「ただいま〜!あら、知らない靴があるわね…和也帰ってるの〜?お友達かしら〜?」

帰宅した母さんののんびりとした呼びかけにお互いにハッとして、慌てて距離をとって身なりを整えた。まさかこんなに早く帰ってくるなんて思わなかった。今日は夜までいないって言ってたのに。

「お、おかえり母さん!早かったね!?」
「思ったより早く用事が済んじゃったのよねえ。お友達来てるならお菓子出してあげるから、あとで取りに来てちょうだいね〜」
「わかった、あとで行く!」

乱れた服は直したけど、きっとまだ顔が赤いから下に行くのはもう少し後にしよう。一旦部屋の扉を閉めて振り返ると、さっきまでの雄っぽい雰囲気を完全に引っ込めて、ピュアボーイに戻ってしまった小野瀬くんが顔を茹で蛸みたいに真っ赤にしてしどろもどろになっていた。

「あ、あの、その、ご、ごめん!」
「…謝るのはこっちの方だよ。母さんがこんなに早く帰ってくるなんて思わなくて…」
「いや、で、でも俺がっついちゃったし」
「それは…えと、全然大丈夫、だから」
「!!」
「…また今度、次は、ちゃんと誰もいない時に、しよう…ね?」
「!!!!!!」

これ以上ないほど赤くした顔を手で覆って天を仰いだ小野瀬くんは、ぼそりと何かを呟いたあとそのまま倒れ込んでしまった。俺も自分の発言にじわじわと恥ずかしさが増して、逃げるように部屋を飛び出してお菓子を取りに走った。


そんな俺たちがキスより先に進むことができたのがまた3ヶ月先だったのは、また別のお話である。



(10/10)
[back | bookmark | next]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -