Zinnia


「人を好きになるって、どういう感じなんだろう」

告白現場を目撃した数日後、とある小説が原作の映画を観たその帰りに、君嶋はぽつりとそう言った。

「…どうしたんだ、急に」
「いや、今日見た映画でさ、主人公の親友が叶わない恋に苦しんでたでしょ。原作も読んでるのに、なんというか…理解できなくて」

誰かを好きになったことがないから、よくわからない。そう言う君嶋の顔はいつもの無表情ながらも、どこか悲しげだった。
人を好きになる気持ちがわからない。それはつまり、あの告白は断ったということだろうか。いや、わからないからこそ付き合っているという可能性もある。あの告白のことについて君嶋の方から何か言ってくることはなく、俺は結果を知らないままでいる。俺にとって良くない結果だったらと考えると聞きたくない気持ちが強かった。だがそもそも、俺が偶然見かけたから告白されたと知っているのであって、君嶋は俺がそれを知っている事を知らない。きっと君嶋は、何かあったとしても俺に伝える必要はないと思っているんだろう。それはそれで、寂しいものはあるが。

「好きにも色々あるからな。一緒にいて楽しいだとか、単純に顔立ちが好みだとか。何をもって"好き"と定義づけるかは人それぞれだと思う」
「一緒にいて楽しいから好きっていうのは恋愛感情じゃなくても起こりうる気持ちでしょ?…友達のままじゃ、ダメなのかな」
「それが恋愛感情の難しいところだろうな。たとえそれまで友達だったとしても、相手が他の誰かと一緒にいるとムカついたりするようなら、友達として見るのは辛いだろ」

現に俺がそうだ。俺はもう、君嶋のただの友人として接するのが厳しいレベルにまで達してしまっている。

「…安堂くんも、そういう風になったことがあるの?」
「……そうだな。友達だからこそ、そこから一歩踏み出すのは怖い」

俺が好きなのはお前だと、この場で言ってしまおうかと思ったが、やめた。それで嫌われて距離を置かれるくらいなら、抱え込んだままの方がマシだと正当化する勇気のないヘタレた様を自嘲する。
それから君嶋はすっかり黙り込んでしまって、駅で別れるその時まで口を開くことはなかった。

「じゃあ、また来週な」
「うん。今日はありがとう。楽しかったよ」
「ああ、俺も楽しかった。また行こう」
「そう、だね。…あの、安堂くん」
「ん?どうした」
「……や、なんでもない。気をつけて帰ってね」
「そっちこそ。またな」
「うん…また、ね」

いつものように、何事もなく別れてお互いの帰路につく。今思えば、俺はここでちゃんと、何か言いたげにしていた君嶋を追求するべきだったのだろう。

その日以来、君嶋は俺の前からも、大学の中からもその姿を消してしまった。



あれから何日という日が過ぎようとも、一日として君嶋の事を考えなかった日はない。どうしていなくなったのか、もう二度と会うことはできないのか。それならせめてこの想いを伝えてしまいたかった。君嶋のいない生活はどうしたって味気がない。
そんな沈んだ日々が続く中、突然俺の元に一枚の手紙が届いた。君嶋からの手紙だった。
全てを知った俺は静かに涙を流した。



拝啓 安堂岬様

お元気ですか?この手紙がいつ君の元に届くのかわからないのですが、もしかしたら随分と長い時間が経っているのかもしれません。その時、君は僕のことを、覚えてくれているでしょうか。たとえ忘れられていたとしても、どうしても伝えたいことがあったのでこうして手紙を書くことにしました。
まず、突然何も言わずに去ってしまったことを謝りたいと思います。せっかく仲良くなれたのに、薄情な別れになってしまったことがとても悔やまれます。本当にごめんなさい。
これにはきちんと理由があるのですが、それについて話す前に、まずは僕の秘密についてお話ししなければなりません。

端的に言えば、僕は人間ではありません。君嶋文成博士によって作られた、試作型アンドロイド。それが僕の正体です。機械をより人間らしいものへと近づけるための研究の一環として、人間と同様の生活をして観察を繰り返し、学習していくというのが、僕に与えられたミッションでした。僕は大学生として社会に溶け込みながら、周囲の人間を観察することで様々なことを学習していました。しかし人間の感情というものは複雑で、どれだけ観察しても理解し難いものがありました。それが変わったのは、君と出会ってからのことです。
普通の人間の友達同士のように、君と色々なことを話して笑い合えるようになって、僕は初めて楽しいという感情を理解しました。一緒に出かけることを嬉しいと思うようになり、その後に別れる時には寂しいと思うようになる。博士はめざましい成果だと喜びました。そんな中で、僕はまた新たな壁にあたりました。喜怒哀楽の感情は理解できても、恋愛感情というものについては理解できなかったのです。
ある日、僕はとある女性から愛の告白を受けました。"好き"という感情が理解できない僕は困惑しました。もちろん人間ではない僕がその女性とお付き合いすることなどできるはずもないので丁寧にお断りしましたが、博士にはせっかくの学習の機会を自ら逃してどうする、と怒られてしまいました。
"好き"の感情を理解した時、最も人間らしい存在になれるだろう。その時がお前のミッションの終わりの時だ。博士は僕にそう告げました。
それからの僕は、その感情の理解に努めました。恋愛にまつわる書物を何冊も読み、恋愛ドラマや映画を何本見ても理解が追いつきません。人が人を好きになるとは、どういったものなのか。あの日、僕は君にそう尋ねました。君の解説はそれまでに見聞きしたものの何よりもわかりやすかった。そして、君にそんな想いを抱かせる相手に激しく嫉妬しました。
僕は、そこで初めて"好き"という感情を理解しました。温かくも激しい感情。それが理解できて、その想いを抱く相手が君だという嬉しさに打ち震えました。そして同時に、深い悲しみと辛さが僕を襲います。恋愛感情を理解する、それは僕に与えられたミッションが完遂されたことを意味します。いち早くそれを察知した博士によって、僕は君に何も言えぬまま博士の待つアメリカ本国へと強制送還されてしまいました。これが、突然去ってしまったあの日の真相です。

僕は今、蓄積されたデータの回収前に残された僅かな時間でこの手紙を書いています。データが回収されてしまえば、所詮試作型でしかない僕は"僕"ではなくなってしまいます。きっと君がこの手紙を読む頃には、僕はこの世に存在していないでしょう。僕が僕でなくなる前に、どうしても君へのこの想いを伝えたかった。
安堂岬くん、僕は君のことが、とてもとても大好きでした。同じ男に、それもアンドロイドにこんなことを言われても気持ち悪いと思われるかもしれません。でも、これは僕の自己満足です。ただ、伝えるだけでよかった。
君は優しくてとても格好いいので、きっと素敵な女性に出会えるはずです。君がこの先、しあわせな人生を歩むことができるよう、心から祈っています。
それでは、どうかお元気で。
敬具
君嶋誠司






どれだけの時間が経っても、君嶋誠司という存在がここへ戻ってくることはないし、俺の心から消え去ることもない。どんなに素敵な女性と出会っても、彼ほど心を揺らがす存在にはならなかった。
俺の心には、いつまでも彼の存在が強く残されている。この存在が消えることはきっと一生ないだろう。
言えなかった想いを抱え、俺は今日もあの中庭へ百日草の花束を手向けに行く。



(9/10)
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