Zinnia


中庭の主、と呼ばれる有名な人物がいる。
その人物の何が有名なのかと言えば、多くの人が行き交ううちの大学の中庭で、何をするでもなくベンチに座ってぼんやりしているだけ、というもの。彼は特別目立った容姿をしているとかそういうわけでもなく、どこにでもいるような普通の人物なのだが、中庭でぼんやりしている様には何故か目を引かれてしまう。彼がそうしている時間は随分長いようで、多くの人間にその姿を見かけられる内に、いつのまにか中庭の主という渾名がつけられていたらしい。
害があるわけではないけれど、いつも無表情で何を考えているのかわからないと言われるその人物は、学内の人間の大半からどこか不気味な奴だと恐れられている。



「君嶋」

いつものごとく中庭のベンチに座ってぼんやりとしている彼に声をかければ、どこを見ているのかわからないと言われるその目の焦点が俺に定まる。たったそれだけのことなのに、ゾワッとした感覚が身体を走り抜けた。

「悪い、待たせた」
「いや、大丈夫。そんなに待ってないよ」
「そっか。…じゃあ行くか」
「うん」

並んで歩けば奇異の目に晒されるが、これでも随分減った方だ。あの中庭の主が他人と行動を共にするということがようやく周囲に馴染んできたんだろう。
ちらりと隣を見ると、君嶋はそんな周囲の視線など意にも介さないといった様子でまっすぐ前を向いて歩いていたので、相変わらずだなと思った。



中庭の主こと君嶋誠司と交流するようになったのは、とある講義のグループワークで同じグループになったのがきっかけだ。その頃は既に例の渾名が浸透していて、他のメンバーは君嶋を腫れ物扱いしていた。いくら不気味だから関わりたくないといっても、ずっとそうしていては課題が終わらない。その時は仕方なく俺が間に入って課題を進めた。
俺自身、君嶋に対して特に偏見を持っていたわけではないが、どういう奴なんだろうという思いはずっとあった。やけに澄んだその瞳は何を捉え、何を思っているのか。

話してみれば、君嶋は至って普通のいい奴だった。彼から何かを話すことはなくても、こちらから話しかければ答えてくれるし、担当範囲を分けて各自でやっておくように伝えた課題もわかりやすくまとめてきちんとやってくる。何事も俺任せにして、課題すらまともにやってこない他のメンバーとは大違いだった。それだけで君嶋への好感度は随分上がった。
そして何よりも、君嶋の側は居心地が良い。自分で言うのも何だが、俺の周りには常に人が溢れている。その大半が俺の見た目や講義のノート目当てなのはわかりきっていて、正直胸を張って友人とは言い難い奴らばかりだ。
対して君嶋は俺に過度に干渉してこない。適度な距離感で俺に接してくれる。お互いに読書が趣味だということも相まって、本当にいい友人になったと思う。気づけば、俺は君嶋とばかり一緒にいるようになった。

共に過ごすようになって、彼について様々なことを知った。
趣味は読書。純日本人だが、アメリカ生まれのアメリカ育ち。父親はかの有名なロボット工学第一人者の君嶋文成教授で、現在は日本で一人暮らしをしつつ、その研究のサポートの一環でうちの大学に通っているらしい。マイペースな性格で、遠巻きにされていたことに関しては何も感じていないようだった。

「一応学生の身だけど、仕事の一環みたいなところがあるから他人との交流はあんまり期待してなかったんだよ。でも、こうして色々話すとおもしろいんだね。安堂くんと知り合えてよかった」

そう言って、君嶋は薄く柔らかい笑みを浮かべた。いつも無表情だったその顔に僅かな喜びの色が表れて、俺は何かに心臓を貫かれたような感覚に陥った。
もっとその表情を見ていたい。もっと色々な表情が見たい。その綺麗な瞳に俺を、俺だけを映してほしい。そして気づく。
──俺は君嶋に恋をしている。

自覚したからといって何かが変わるわけでもない。この気持ちを伝えて君嶋を困らせる、なんてことはしたくないので、俺はそのまま変わらずに君嶋と友人関係を続けている。はっきり言葉にしたわけではないけれど、お互いにお互いが1番の友人であると思っている。その優越感があるだけで良いと思っていた。



「…好きです。よかったら、私と付き合ってください」

たまたま通りがかった講義室の中からそんな声が聞こえ、なんとなく室内に目を向けて、頭が真っ白になった。
顔を赤くして若干俯きながら秘めた想いを告げているのは、件のグループワークで同じグループにいたおとなしめの女の子。その子の目の前にいたのは、君嶋だった。
俺と一緒にいるようになってから、君嶋の雰囲気は柔らかくなった。そのおかげか、今では俺以外の奴と喋ることも増えている。とっつきづらくはあるが、元々悪い奴ではないのだ。誰にだって平等で、優しくて、そっと寄り添ってくれる。それを知った誰かが君嶋を好きになったっておかしくはない。君嶋だって、想いを寄せられて悪い気はしないだろう。きっといい返事をするはずだ。
たとえわかりきっていてもそんな返答は聞きたくなくて、俺は彼が口を開く前にその場を離れた。



(8/10)
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