愛と贖罪


顔が良すぎるというのも考えものだな、というのは、とんでもなく美形な友人と長年一緒にいる俺の持論だ。


友人、七瀬八尋は俳優やモデルも顔負けなほど美しく、整った顔をした男である。物憂げで儚い美人、高嶺の花。よく聞く周囲の評価はこのあたりだろうか。実際、俺自身もこいつより綺麗な顔をした人間を見たことがない。出会ったばかりの頃はそんな整った顔が羨ましいと思ったことも少なくないが、今では全くそんなことはなく、むしろ大変だろうと思うばかりだ。

俺と八尋の出会いは小学生時代にまで遡る。
小学2年生の時、うちの隣に七瀬一家が引っ越してきた。引っ越しの挨拶にきた母親にくっついていた八尋に気づいた俺の母が、うちにも同じ年の子がいるんですよ、などと言って俺を居間から引っ張ってきたのが始まりである。大人しくて人見知りの引っ込み思案、それから美少女めいた外見も相まって、俺は最初八尋を女の子だと思った。まあすぐに八尋の母親が同じ男の子だから仲良くしてね、と言ってくれたので悲しい勘違いはせずに済んだのだが。近所に仲の良い友達が住んでいなかったので、当時の俺はものすごく嬉しかった記憶がある。満面の笑みで手を差し出したような気がする。

「おれ、くがあきら。よろしくね」
「……うん、よろしく」


それから八尋は俺と同じクラスに転入してきた。もちろん席も隣。その辺はきっと八尋の母親、もとい由紀子さんと先生たちの配慮があったんだと思う。
転校生はただでさえ目立つ。その上八尋の見た目のせいもあって、クラス内のみならず学校中が大騒ぎになった。おそらく由紀子さんはこうなることを予測していたんだろう。転入前に、くれぐれも八尋をよろしくね、と強く言われた理由がよくわかった。案の定驚いた八尋は俺にべったりくっついて行動するようになった。何をするにも、どこに行くにも一緒。他の人とは一切交流せず、口を開くのは俺がいる時だけ。さすがにこれは問題だろうと考えた担任の先生も困り果てていた。

「なあやひろ、なんでほかのみんなとしゃべんないの?」
「…こわいから」
「ええ?こわくないよ?みきちゃんもよっしーも、みんなお前となかよくしたいって言ってるじゃん」
「それでも、こわいものはこわいんだ。ぼくはあきらくんがいてくれればそれでいい」

後から知ったことだが、八尋はその美貌ゆえに、前の小学校でいじめや事件に巻き込まれて人が信じられなくなってしまったらしい。何故俺だけが平気だったのかは今でも理由はわからない。
その後も八尋が他の友達を作ることは一切なかった。

中学は、高校までエスカレーター式の全寮制男子校に2人揃って入学した。本当は近所の公立中学に入る予定だったが、5年生の時に八尋が不審者に誘拐されかけたという事件があったのだ。登下校の距離がほとんどない、なるべく安全な場所の方がいいだろうということでやむなく変更。俺はそのまま公立中学に入学するつもりだったのだが、八尋から彰がいないと生きていける気がしない、受験のための勉強なら俺が教えるから一緒の学校にしてくれ、とせがまれたので、みっちり勉強を教えてもらって同じ学校に行くことになった。母も最初は渋ったが、事件で不安になっている八尋を1人にするのは忍びないと言って最後は折れてくれた。その頃の俺は、完全に周囲の大人に八尋のサポート役として認知されていた。
だからと言って、何事も上手くいくとは限らない。
寮の部屋割りやクラスは学校側がランダムに決める。クラスは一緒だった。しかしそこでさらに運良く同じ部屋になるなんてことはなく、俺と八尋は別々の部屋になった。人嫌いの八尋は上手くやっていけるだろうかと思ってちらりと横を見ると、この世の終わりだとでも言いたげなほど絶望した八尋がいた。
いつまでも俺にくっついて行動するというのも、流石に今後は無理があるだろう。この時の俺は、正直ここまでべったりくっついてくる八尋から少し離れたいと思っていた。だから、なるべく一緒にいられるようにはするけど、いい機会だし他の人とも交流してみろと言い聞かせた。これが間違いだった。
七瀬八尋は美人だ。中学でも、入学早々驚異の美人がいる、と学校中で話題になったほどだ。男しかいない学校では、どうしたってそういう対象に見られてしまう。そのあたりの知識が疎かった当時の俺はそれを知らなかった。八尋が同室者に襲われるまでは。

犯行は計画的だったのだと思う。入学当初からずっと八尋の側にいて離れない俺は、八尋を好きだという連中からすれば邪魔者でしかなかったらしい。お前のような奴が七瀬の側にいていいわけがない、八尋様から離れろ、などと言われることはしょっちゅうだった。八尋本人からの執着にも、陰湿な陰口にもうんざりしつつあった俺は少しずつ八尋と距離を置こうとしていた。
そして事件は起こる。入学して間もない、5月頃のことだった。

ある日の放課後、俺が八尋のファンだという連中から呼び出され暴行を受けている間、八尋は寮の部屋で同室者に押し倒されていたらしい。
俺の方には騒ぎを聞きつけた風紀が、八尋の方には人が暴れまわっているような大きな物音を不審に思った隣の部屋の生徒が寮監と共に駆けつけたので、酷い結果にはならなかった。八尋の同室者は、俺と八尋が離れた隙を突いて手篭めにしようとした、とのことだった。
未遂だったにしろ、小学生の時のように危ない目に遭ったことに変わりはない。今回は仲良くしていた俺が八尋ファンのせいで怪我をしたということも相まって、八尋はさらに他人に対して心を閉ざした。

俺はひどく後悔をした。俺がこの学校に来たのは一体何のためだったのか。八尋を守って、サポートするためではなかったのか。俺が八尋からひと時も離れようとしなければ、今回の事件は防げたのではないか。
ずっと側にいれば、俺が怪我をすることはあっても八尋の心が傷つくことはなかったはずだ。八尋は怪我をした俺を心配してくれたけれど、俺は申し訳ない気持ちで一杯だった。
今後は何があっても側にいようと決意した。

それから、事件を問題視した学校側の判断と八尋本人の強い希望もあって、俺たち2人は同室になった。それは高校に上がった今もずっと続いている。
事件以降、八尋はより一層俺に執着するようになった。そして、学校中の誰もが求める言葉を俺に囁く。愛している、と。
その言葉が嬉しくないというわけではない。その愛がどんなものであれ、好きだと言われて嬉しくないわけがない。ただ、あの事件のせいで複雑な心境になるだけだ。

八尋はきっと勘違いをしている。八尋本人をそういう目で見ることがなく、信頼できる人間が今のところ俺しかいないからそう思ってしまうのだ。俺が八尋に対してそういう感情を抱いてしまえば、きっとこの関係は簡単に崩れてしまう。俺という防波堤が無くなれば、八尋は壊れてしまう。それがひどく恐ろしい。


八尋の愛を勘違いしてはいけない。
七瀬八尋は美しく、そして危うい。だからこそ守るべき存在だ。八尋が勘違いに気づいて独り立ちできるまで、家族のような存在として、離れず守っていかなければならない。
それがきっと、俺にできる唯一の贖罪だ。


「愛してるよ彰。彰は俺のこと好き?」
「ああ、俺も八尋が好きだよ。だから安心しろ」
「うん。…ずっと一緒にいようね、彰」



(7/10)
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