てにす | ナノ
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セ イ…チ  セ…イ……チ…



誰かに呼ばれているような気がして、重たかった瞼を持ち上げる。夢から醒めた後、そんな感じ。…寝てたんだ。ふぁ、欠伸をしながら伸びをする。…はた。ここで俺は異変に気付く。俺自身への異変とまわりの異変。よく見る…と、俺の知っている景色じゃない。見た事もない世界で包まれているし、よく見れば自分の身に付けている物も俺のじゃないな。ていうか趣味じゃないしこういうの。ここはどこ?何故だか懐かしい感情が生まれる。何故か。何故だ。すっくと立ち上がり周りを見渡してみる。何で俺こんなトコで寝てたの?地面の上とかマジありえない。俺とした事が無防備すぎるぞ。誰の陰謀だこれ。ドッキリか。仁王達の仕業か?…そんなわけないじゃないか。そうあって欲しい状況だったりするけどね!

「……………」
自分の服装に目を移す。黒いロングコートと左胸に白いクロスのようなもの。辺りは黒い森とその奥に高く聳え立っている城が一つ。俺のような真っ白な少年には実に不相応な場所だ。改めてきこう。誰に。この際誰だっていいよ。ここは何処ですか。こういうときは、そうだ。自分の名前 生年月日と仕事を言ってごらん、と 夜神が言ってたっけ。ゴホン、

「俺は…幸村精市 3月5日生まれ仕事は、神…いやテニス部部長」
部長って仕事?まあいいや俺まだ義務教育受けてる歳だし。まだ中学生だし。うん。うん、俺は正常だ。キラに操られてるわけでもなさそうだ。混乱してるせいもあって若干変なキャラ入ってるけど。

「お!いたいたセイチー!」

人の声…。希望とも呼べるその声は俺の名前らしき単語を発しながらかけてくる。ホッとした反面不安も膨れた。セイチってなんだよ。え、ていうか、え、セイチってもしかして俺の事?いやいや、ないない。俺セイチじゃないし。目の前から人が手を振りながら近づいてくる。「セイチー!お前がセイチっしょ?」あれあれ、やっぱ俺?俺のこと?セイチ俺? 「よお」陽気に挨拶してくる彼に俺はただ苦笑いしか返せなかった。セイチじゃないんですけどー。彼の容貌はとにかく稀で、赤毛に眼帯をしていた。ええええー、何この人ぉー。
ポーカーフェイスを必死に保ちながらなんとか現状を理解しようと努力してみる。…だめだ、どこも繋がる所がない。脈絡がなさ過ぎる。

「いやあ、人違いじゃないですか?」
そもそも俺セイチじゃないですし。セイイチですし。ニコリ、と人良く微笑めば相手も微笑み返す。落ち着け。表には出さずに胸中であれこれ考えてみる。ダメだ、今の俺の脳みそ多分ツルツルだよ。赤也並にツルツルだよきっと。何も浮かんでこないもん。

「いやあ、アンタだろ?そのカッコ」

格好…良く見れば、いやよく見なくてもわかったはずなんだけど…相手も俺と良く似た服を身に纏っていた。ええーおそろー?

「それに、その左手に持ってんの…イノセンスだろ?」
「え……」

ハッとして左手に意識を持っていく。何かを、掴んでいる…?
こ、これは…!テニスボールからゴム製の糸が伸びている…だけのテニスボール…!
ていうか今この人イノセンスって言った?なんかイノセンスって武器っぽいじゃん!どっかできいた事ある響きじゃんイノセンス。これが俺の武器?イノセンス?…イノセンス?あれ、どっかできいた事あるような。それにこの赤毛の人もどっかで…?イノセンスがテニスボールというショックとか、こんな時でもテニスっていうのが嬉しいのか、複雑と嬉しさでやっぱり複雑な心境を抱いていると。目の前の赤毛がニコっと俺並のキラキラスマイルで「オレはラビ。よろしくさ」と自己紹介してきた。“ラビ”と名乗ったこの男、やはり何処かで見た気がする。名前も耳にしていたような。でも何処で? 肝心な所が何一つ思い出せない事に若干イラつきながら俺は自分のイノセンスと呼ばれたボールを黙って見詰めた。何も変化はなかった。

「あー、いたいた。ラビ」
「アレン達遅いさー」
「何で神田と2人きりにするんですか」
「お前が新しいエクソシストか」

髪の明るい(銀髪?白髪?)少年を無視して、黒髪のポニーテールの男がアラ居たの、的な感じで、(おそらく俺に)声を掛けてきた。
は?エクソシスト?イノセンス?エクソシスト?今度こそ頭パーンである。口もポカーン。エクソシストってもしかして…あれどっかできいた事あるな。何回目のデジャヴだよこれ。確か神の使い魔気取ってAKUMAとかいうロボット倒してく感じのあれでしょ?え、ていうか神の使いって俺の使い?いや、今はそんなボケかましてる場合じゃなくて! この状況を打破する策を見つける事が先決だろう。話しかけてくる3人(主にアレンとラビ)に適当に話を合わせながら頭をフル活用して色々考えてみる。あれなんか俺いま夜神っぽいかも。ジーニアス。
だからここは何処だって。

「セイチ! ラビ、伏せて!」

突如アレンが叫ぶ、と同時に 目の前が爆風に包まれる。ドシン、地面が揺れる、何かが衝突したか、あるいは――

「チッ AKUMAか!」

神田が刀を構えながら舌打ちをする。ラビとアレンもそれに倣いそれぞれ武器を構える。アレンの腕超やべえ。
――あるいは、攻撃を仕掛けられている? 俺やばくない?流石の俺でも冷や汗が頬を伝う。左手を見て見る。ゴム糸につるされている黄色いテニスボールがぷらぷら揺れているだけだった。 オワタ プギャー 
掌サイズのテニスボールでどうしろと?世界救う前に俺自身を救えないじゃないか!自分の身すら守れそうにないんですけど。ボールぶつけろってか!ダメージすくな!せいぜい真田を気絶させるくらいだ!真田アイツ俺の事ほっぽって何処行ったわけ?軽く部長ピンチじゃん。副部長何処行ったー。
ごくり、唾を飲む。俺の武器三人に比べたらダサいな。ていうかショボ!俺だけテニスボール?!ミサイルとかなんかそんなん持ってこいよな!気付けば3人ともそれぞれ敵と戦っている。敵は4体。流れっていうか数的に俺も参戦する感じかなあ。テニスボールで?いや無理だから。無理無理無理。死ぬって。

「敵は残り1体ですよ」
「セイチのお手並拝見さー」
「は、え…、」

セイチ定着?ていうかのん気に俺プッシュしないでくれる?
既に3人はそれぞれの敵を倒したみたいだ。ついでに俺に振り分けられた分も片してくれ。ささ、っと背中を押され前にでる。ご親切に敵さんは俺が出てくるまで待っていてくださったみたいだ。有難迷惑って言葉知ってるのかな?待ってないで他の3人にかかって返り討ちにされてればよかったのに。ぎゅ、汗ばんだ手に力を込める。でも、やれるだけ、頑張ってみなくちゃね。

「っぁあ!!」

ぐるぐる5回ほど回してボールに勢いを付けて、敵目掛けてボールを放つ。
「いっけえええ!」
思ったんだけど、長さ的に戻ってくるんじゃないか?ボール。…ところがゴム製の糸はとどまる事を知らず敵の元まで伸びていく。(イノセンスすごい!)敵に当たった箇所が突如大きな音を立てて爆破する。おおおおおお…!俺のテニスボール凄いじゃん!ダサいけど凄いじゃん!ロボットが甲高い声をあげながら消えていく。
 
 ……勝った……

緊張が解けて肩で息をする俺にポン、とラビの手が乗る。「上出来さ」と笑う。アレンもその横で「すごいです」と笑っている。神田は何も言わなかったけど、俺を認めてくれたんじゃないかな。達成感にも似た感覚に包まれたとき、俺の頬は自然に緩んで笑みを作った。肩にまた手を置かれる。

「これからも、一緒に世界の平和を守って行こうぜ。セイチ」
「…神田…!」

ニカっと神田が白い歯を見せながら笑う。ん?この人こんなキャラだった?神田が握手を求めるように手を差し出す。
「よろしくな、セイチ」
「おめでとうございます、セイチ」
皆が俺に笑いかける、認めてくれる。いいなぁこの感覚。光に満ち溢れていく。




「あ、精市おはよー」
「…………」
「もう皆帰っちゃったよ」
「あ、れ?」
「ん?」

小首を傾げる彼女を見詰める事数秒。現実が押し寄せてくる。ああ、元の世界だ。ハテナマークを浮かべる彼女の手には、D●Gray-menの最新刊。ストーン、俺の中に何かが落ちる。安心感、そんなものが満ちていく。左手にゴム糸に吊るされたテニスボールはなかった。そこで実感する。

「夢…?」

ですよねー。「よかった」小さく呟いて何が何だかわかってない彼女を腕に閉じ込めた。よかった。本当に。もう会えないんじゃないか、って不安だったんだ。夢でよかった。もし今が夢なんだとしても、君がいるなら夢でもいいや。
「苦しい」の彼女の声に意地悪してもっと力を込めてやった。


君のいない世界なんて
チラリと見えたあの3人が俺に微笑みかけているように見えたのは何でかな。目が、合ったのは気のせい…?
消えているのと同じこと




「ねぇ、俺 変な夢見てたんだ。君のいない世界にいる夢」
「一人だった? 寂しかった?」
「一人じゃなかったけど、すごく寂しかったなあ」
「ねね、今は寂しい?」
「俺の半径2メートルにいてくれるなら全然平気」
「おはよう、精市」
「軽くスルーかい」


(3/5〜3/29:拍手) アトガキ