てにす | ナノ
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期末で悪い結果を出してしまった私へのバレンタインデーのプレゼントは補習という名の悪夢だった。授業中も当てられるし…答えられなかったし。怒られたし。意味わかんないし。お弁当忘れてきたと思ったら財布まで忘れてるし。挙句の果てには携帯まで置いてきてる始末。本当に今日の私はついてない。そういえば今朝は寝坊してニュースの合間にやる星座占いを観ていなかった。そこからが不幸なのか、観ていたら何か変わったかなんてわからないけれど、きっと観ていたら、気持ち的には変わっていたかもしれない。

もしも、最高に運のいい星座が私だったとしたら、今日あった事なんて気にしなかったかもしれない。
もしも、最高に運の悪い星座が私だったとしたら、今まであった出来事も納得できたかもしれない。

仕方ないよね、の一言で割り切れたかもしれない。空気は重くなる一方だった。補習の内容なんて、頭に全然入らなかった。占いを観れなかった悔しさでいっぱいだった。あてつけともいえるだろう。観てたとしても、不運だった事に変わりはしないのだから。ずうん、とした空気を纏いながら外に目をやると切ないくらいに綺麗な夕日が視界に広がった。日が沈んでいく…。不運なまま今日が終わるのだ。
ぐぎゅるー…情けない音が人気のない廊下に響きました。そういやお昼食べ損ねたんだ。蔵ノ介にたかろうとも思ったのだが、不運続きのためかすれ違ってばかりで結局見つけられなかったのだ。なんとか空腹を誤魔化そうとずっと噛んでいたガムは当の昔に味がなくなっている。ガムを2、3度噛んでからプクーと膨らませてみた。中々膨らまず、しょぼぼんとしぼんだ。気分が悪い。むむむむむ。
ゴミ箱にガムを吐き捨てて私の世界を赤くする夕日を睨んでやった。意味なんてない。ただ、むしゃくしゃしてた。蔵ノ介に会いたくなった。そういえばまだ会っていないんだっけか。会いたい、会いたい、会いたいな。部活動終了の時刻が近づいていた。急げばまだ間に合うかもしれない。もし間に合ったら何か食べさせてもらおうか。私の考えに頷くようにお腹が小さく音を立てた。よしよし、そうかそうか。たかりますか。

(蔵ノ介はっけーん)

ここで私の不幸返上。やっとやっとやぁーっと幸運が舞い降りてきた。ラッキーなことに丁度ターゲットは部活終了の号令をかけているトコだった。お疲れーという声を耳にしながらそれを合図に木陰から走り出した。


「くーらのーすぅけえええー!」


近距離なのに大声で名前を呼ぶ私に即座に反応したのは2年生の財前くんだった。すっごい迷惑って顔してた。隣にいた謙也は呆れたような苦笑いで私を見ていた。でもそんな事も気にしない。だって私に気付いた蔵ノ介の顔が嬉しそうに緩んだからだ。
助走をつけながら蔵ノ介に抱きつく。勢いあまって捨身タックルのようになってしまったけれどそこは蔵ノ介が受け止めてくれた。愛で、とかクサイ事言ってみる。うわぁーはずかしー! ふわりと抱きしめられたのでお返しにぎゅーって抱きしめ返してやった。汗で少し濡れているジャージが頬に当たる。更にぎゅっと背中に回した腕に力を込めた。湿った肌とジャージがぴったりとくっついていた所に私もぴったりとくっついてサンドイッチ状態なのに不思議と嫌じゃなくて。目を瞑ってみた。蔵ノ介の少し速い鼓動が鼓膜を揺らした。


「…蔵、汗臭い…」
「ホンマかいな、ちょ、離れた方がええんちゃう」


照れ隠しから出た言葉だった。ちょっと慌てた蔵ノ介が堪らなく愛しかった。いいんだよ汗臭くて。スポーツマンは汗が輝いてこそのヒーローだよ。汗臭さも愛でカバーだよ。…何言ってんだ自分。言葉にはさすがに出来ない。当初の目的は食べ物をねだる事、でもそれが実は口実で本当はただ蔵ノ介に会いたかったのだ。理由が、欲しかっただけなのかも、しれない。ていうか認めるのが癪なだけで大体そんな感じだ。自分が納得して行動を起こす理由が欲しかった。実際会ってみたら理由なんていらなかったなあとぼんやり思った。思い切り抱きついちゃえば嬉しさで溢れた胸が温かくなって心臓がばくばくと速くなる。恋人という関係を築いている私達でもまだまだ駆け出しのカップルだ。…我ながらクサイ。


「うーそっ」


ニヤリと蔵ノ介の目を見ながら悪戯に言ってやって、胸倉を掴んで爪先に力を入れる。形にならないような、困惑の色を混ぜた小さい悲鳴がターゲットから吐き出される。ロックオン。私は思い出したのだ。今日がバレンタインだったという事を。いや本当は知ってたんだけど、気付いていたんだけど。寝坊した理由がチョコを夜遅くまで作ってた、という理由が、ほんのちょっぴり恥ずかしかったのだ。そしてそのチョコを家に忘れてきたというのが、今日の中で一番起こってはならないアクシデントだった。シャラララ…と、バレンタインをいやでも思い出させる歌が頭の中で流れ始める。ぐっと背伸びして押し付けた唇から甘い熱が伝わってくる。ような気がした。


シャラララ素敵にキッス シャラララ素顔にキッス
とっておきのシャレたチョコレート
それは私の唇



とん、と私の踵が地面につく頃には周りに誰も居なくて、まさに私達の世界だった。テニス部も空気読める時あんじゃん。と失礼な事を考えながら蔵ノ介に目をやる。今更ながらにハズカシさが込み上げてきた。そういえば自分からキスしたのは今のが初めてだったかもしれない。ああ、やっぱり今朝の占いは見ておくべきだったな。だってきっと、今日の星座占いの一番は私の星座だったもの。


「えっ!」
「えっ?」
「く、蔵が…まっか!」
「自分かて顔真っ赤や!」
「わー、いやあ…なんか、あの」
「何や」
「ものごっつ恥ずかしいわ」
「俺はものごっつビビッたで…って皆どこ行ってん」
「んんーっバレンタインやふー」
「やふー」
「積極的な私をプレゼントしたまでだよ」
「めっちゃサプライズやな」



(あなたの腕の中 わざとらしく瞳をつむってあげちゃう)
バレンタインデー・キッス




「まっかなおーっはな、のーしーらいしさーんはぁー」
「誰のせいや誰の」
「カラオケ行ってバレキス歌わん?」
「マジで」


Ohダーリン.Ohダーリン. I Love You!
Oh Baby.Oh Baby. Love Me Do!




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
白石のバレキスにはやられました。ドゥー!む、無理やり過ぎた感が…!