てにす | ナノ
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あ、やってもうた。

数学の方程式やら数式やら、数式って何や。いやまぁそこはええとして数学や。数学の授業中の事やった。あたしは真面目に20分という授業の半分を真面目に受けとったんや真面目にやで?真面目に。したら頭痛くなってきて。保健室行くふりして屋上に来たわけだ。だるー言うてコンクリの床に寝転んで何気なく携帯を開いてみた。したら財前からメールが来ていた。屋上でサボっていた時だ。ふむ、あの子授業中に何携帯弄ってんのかしら。しかも内容が、可愛げの欠片もないおまけに本文もない…件名に一言。本文に何か書けよ。寂しいだろうが。

『何サボってンスか』

どっから見てんだ。何故知っている?アイツあたしに盗聴器とかつけてんのかな。だったらどうしよう。お巡りさんとこに行かなきゃ。ちょっと訝しげな表情でディスプレイを見詰めながら何て返そうか考えていたら、携帯が手の中で震えた。今度は件名ではなくて本文に書いてあった。件名はそのままRe:何サボってんすかのままだった。顔文字くらい使えよ。不機嫌みたいだろーが。

『俺も今からそっち行きますんで。』

今度は文末にマルがついていた。別にだから何だという話だが、なんとなくメールは今の一通で終わった気がした。ていうかくんのかよ。いいよそのままいい子に授業受けてろ。いややっぱ一人じゃ寂しいんで来て下さい。早く、来て。携帯をその辺に適当に置いて目を閉じる。太陽が眩しくて、瞼の裏に焼きついているようだった。しばらくして屋上のドアが開いた。財前か。ほんとに早く来た。走ってきたのか軽く息が上がっていた。おうおうそんなにあたしに会いたかったのね。そう言ってニヤニヤしたらアホとほんとに呆れられた。ガーン。何よあたしに会いにきたくせに。

「パンツ見えますよ」

無表情に彼は言った。あたしの話は終わってないのよ。会いたかったんでしょ。だからわざわざ2年の教室から走ってきてくれたんでしょ。

「見たら金取るから」

無表情で返してやった。あ、何かオシャレなパーカーとか着てるんだけど。おにゅーかな?つぅかウチ学ランじゃなかったっけ。まぁいいけど。大きく溜息吐いて着ていたパーカーを無言で私の上に投げてきた。わーおにゅーって匂いがするー。財前の香水の匂いと混ざってドキドキした。財前の匂いがついちゃったら新しいって感じしないなー。あたし変態くさい。財前いいにおいじゃないの。男物の香水も悪くないなー、なんて。

「今 俺、金欠なんで」

ドカリと遠慮もなしに隣に腰掛けて顔を覗き込まれる。ちょうど影になって、まだまだ幼さの残る顔が大人っぽく見えて、不覚にもドキリとした。財前君顔ちかいですよ。それでも瞬きせずに未だ無表情な彼に悔しさが湧いてドキドキ高鳴った心臓を、あかく染まりそうな顔を、必死に押さえ込んでポーカーフェイスを保ってやった。

「なんですか」

耐え切れなくなって口を開いた。あたしが負けたみたいでやだな。

「別に?」

彼はいかにもつまらないという顔をしながら隣で寝転んだ。息が掛かって心臓が元気になる。何やこの餓鬼ませとんのか。何か悔しい。くそぅ。

「あたし寝るから。2限終わったら起して」
「俺も寝たいんすけど」
「…アラームかけとこ」
「この前みたいにウサミミ仮面とか止めてくださいね」
「財前君の黒歴史や」
「あんなんで起されたら誰やって笑うわ」

あー、あの時の財前の笑顔は実に爽やかやった。なのに今隣であくびしてるこの男ときたら実にふてぶてしい。ほんっとツンデレさんやねんから。ニヤニヤしながら目を瞑った。次に目を開けた時にはセットした携帯のアラームが私を呼んでいた。はいはい起してくれておおきにー。電源ボタンを押す。よく寝たよく寝たーっても30分くらいだけど。大きく欠伸しながら、隣で寝てる財前を起こす。はよ起きんと遅刻すんでー!
ゆっさゆっさと揺さぶってやると、不機嫌そうな声が返ってきた。わぁー、可愛いー。


「財前くーん。朝でしゅよーおーきーてー」
「…先輩、そのキャラきもいっすわ」
「おはようぜんざい君。じゃああたしそろそろ行くね。」

眠そうに目を擦っている財前の頭の上に借りてたパーカーを落としてドアに手を掛ける。中々に暖かかったよその上着。右足を出したところで、冒頭に戻るのである。ほんまやってもうたわー。(なんか踏んじゃったような…)


「あ!俺のピアス…」


珍しく目を見開いてちょっぴり悲しそうな顔をした財前に罪悪感が押し寄せた。その顔は反則や! 
まさか、いやまさか、まさかね、そんな淡い期待を胸に…。というか、現実を受け入れたくない。というか、信じたくない。というか、どうかあたしの勘違いであって欲しい。そんな儚い希望を押し通すように出した右足をゆっくり引くとその下には無残に、ポッキリ折れたピアスがあった。耳に通すのと飾りみたいなのが2つに分離している。後ろで「お気に入りやったのに」ひどく残念そうな声がした。今にも泣き出してしまいそう。

「あ、あ、あ、ごめっ…」
「これ、2000円くらいしたんすけど」
「…弁償しまーす」

つーか何でこれがこんなトコに落ちてんのよ。計画犯か。そうか計画犯だろう。これは仕組まれていたんだ。確信犯め。……ごめんなさいいいいい!わざとじゃなかったんです、わざとじゃ!

「別にええですわ。弁償してもろて俺の気持ちが癒されるわけでもないし」
「何や急に。アンタそないなキャラちゃうかったやろ」
「とりあえず。先輩 教室戻るんならはよ戻った方がええんとちゃいます?2時間目はじまんで」
「う、うん。あの、ピアス…ごめんね?」
「あ、先輩。昼休みそっち行くんでちゃんと待っとってや」

さっきまでの眉を八の字にした財前君は最早どこにもおらず、貼り付けた笑顔であたしを見ている彼がそこに居た。瞬時に悟った、あたしのシックスセンス。殺 ら れ る !
ブルーな気分で教室に入ると謙也が声を掛けてきた。ついでに白石も。

「何や元気ないな」
「サボってたんバレたん?」
「みなさん、今までありがとうございました…」

「「……は?」」

あっという間に来てしまったお昼休み。昨日までのあたしだったら、お昼だーわーい!なんて無邪気に笑っていたのに…!白石のお弁当つついていたのに…!しかも何かの前触れなのか知らないが、先ほど古典の授業で当てられた時、珍しく正しい答えを導き出してしまったのだ。不吉だ。我ながら悲しい。

「せんぱーい」

ついにこの時がやってきた。ジャッジのお時間です。

「てんごーくへのーぼる、おじいさん、時計ぃーともおぉぉーわかれぇぇー」
「さっきからコイツ可笑しいで」
「授業もちゃんときいとったし…」
「変なのは元からとして…」
「今日は別人やな」
「おん。いつもの数倍壊れとる…」


「部活終わったらピアスでも見に行きますか?」
「やからそれはええって…」
「でも、あたし…すっごい気になるしさぁ」
「せやから、先輩のピアスください」

ちゃっかりあたしの隣の席に座って、肩肘を突きながらあたしを見てる眼がなんていうかなんていうかアレでなんかなんか、真っ直ぐで、こうドッキンって感じで色々とどうしようって感じである。ていうかあたしのピアス…?

「え、」

何であたしのなんだろうとか疑問に思ったが、とにかく鞄の中を漁りピアスが入ってるケースを取り出す。財前のお気に召すのはこのケースの中に入っているんだろうか。まぁいいや財前の気が済むならそれで。お安いごようさ!そうだそう思えばいいのよ。

「女の子ってこんなん持ちあるいとんのか!」

珍しそうに謙也が上から覗き込んできた。
「謙也さんうっさいっすわぁ。耳元で大声出さんで」
「そんな大声ちゃうかったやろ」

「あー、別にいいけど女物しかないで?」
「それで、俺に似合うン選んでください。それで勘弁したる。」

勘弁したるってアンタ…。そんな注文なら新しいの買いに行った方が早いと思うんだけど。とは言え…財前があたしのピアスを身に着ける。そこは…嬉しいなぁ。なんやコレ。…とにかく今はここにあるもので財前に見合うものを選ぶとしよう。
そうだなぁ…財前には小さくてシンプルだけど輝きのある物が似合う。あたしが広げたケースの中にはジャラジャラした物、可愛いものばかりが光っていた。うーん。いかにも女の子のアクセサリーって感じだ。こんなの財前には似合わない。うぅー。こんなんつけた財前なんてたとえあたしの物だとしても嫌だな。嫌!何か気持ち悪い!



嗚呼、悩ましい!


「なぁなぁアイツ何悩んどんの?」
「ピアスて何?」
「俺のために悩んでる先輩とか可愛いですよね」
「一生懸命何か考えとんな?」
「今、先輩の頭ン中俺でいっぱいやん」
「わー光君ムッツリー」
「部長それひがみッスか」
「わー光君女々しい〜」
「部長それひがみやろ」


「あ、この赤いのなんて似合いそう!」



オチなし。財前にピアスあげたかっただけなんです。赤→カーマインって事で。