てにす | ナノ
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聴いてみたいのアナタの音色を。私の為に、その指で 奏でてほしい、貴方の音を。そう思うのはやっぱり欲張りだよね。


「私、歩君のピアノ聴いてみたいなぁ」

「イヤだ。」

歩君が弾くピアノに耳を傾けても、私にすぐに気付いてパタリと音を止めてしまうの。私の前では滅多に弾いてくれないのが哀しい。いつかに、そう歩君に言った事があった。ちょっと気になって訪ねたんだよね。一度問いかけて、もう一度問いかけて、何度問いかけても返ってくるのは同じ答え。

『俺の音は兄貴のだから、俺の音は聴かせられない』

そう私に告げる度に、辛そうに鍵盤を見つめるから。私まで苦しくなってきて、そんな私に気付くと、ちょっと申し訳なさそうな顔してフッと笑うの。でも そんな彼の優しさが好きだった。本当は、ピアノ弾きたくて、自分で奏でてみたくてしょうがないくせに、強がってる。

 好 き な く せ に  


「ねぇ、歩君の音が聴きたいよ」

何度目かも忘れるくらい口にしてきた言葉を今日もまた問いかけた。

「俺の音は空っぽだから…所詮兄貴の真似物だよ」 

「似てるから…似てるだけで本物にはなれないから?」

図星を突かれて、きゅっと口を結んで、私から目を反らす。

「…そうだよ」

切なそうに鍵盤を見つめて、人差し指でドの音を出す。低すぎず高すぎず、余韻を残して消えた音があまりにも切なくて、何故なのかよく解らないけどじんわりと目が熱を持つ。目頭が熱い、一瞬視界がぼやけた。

「ピアノ好きなんでしょ…?」

「…好きだよ、だけど」

「どうして私に言うの?」

この時初めて反らした顔をこちらへと向ける。あ、なんか今情けない顔してるかも。歩君固まってるもん。

「似てるだけなんでしょ?似てるだけでそれがお兄さんの音って訳じゃない!似てるだけなら、っそれは…歩君の音だよ…」

恥ずかしさと自分でも何を言ってるのか分からなくて、最後の方は普段の声の音量より若干小さくなってしまった。でも、確かに似てるだけなら歩君の音に違いない、って伝えたかったの。

「お兄さんなんて関係ないよ。私が知ってるのは歩君で、知りたいと思うのは歩君で…お兄さんじゃないよ」 

今度は目頭だけじゃなく、顔全体が熱を帯びる。告白じみた言葉に我ながら恥ずかしさがこみ上げてくる。歩君をチラリと見ると目を見開いて驚いている。ああ、でしゃばり過ぎた。ごめん、謝るよだから嫌いにならないで。

「そそそ、それに、さ、私、歩君のお兄さんの事知らないし…えーっと、お兄さんの音なんて知らないし。ぶっちゃけ知りたくもない…いや、えーっと、別に、だからー、その…もし、歩君のお兄さんの音を聴いたとしても、私は歩君の音は歩君自身のだ、って信じられるよ」

じっと視線が注がれるのに耐えきれず、今度は私が歩君から顔をそらした。


「…照れるんだけど、その無言の圧力」
「…そんな風に、人から言われるのは初めてだな」
「あっ、あんまり、歩君が情けない顔してるから!好きなら好きってはっきり言ってればいいのに!」
フッと笑って優しく目を細めるから、私の顔の熱は冷めることなく更に上がる。

「…何を弾いてほしいんだ?」

立ち上がって頬に手が伸びて、微かに力が込められた手で向かい合うように前へと向かわせられる。目があったと思えば、体ごと引っ張られて抱きしめられる。え、ななになんで、抱きしめる?!

「なっ、なに…」

どうして、心臓の音、こんなに速いの?

「何かリクエストはないのか?」

期待と共に、背中に腕を回すと一層強く抱きしめられる。


「…歩君の好きな曲、聴きたい」


私と同じくらい早鐘を打つ心臓に、嬉しくなった。苦しいくらい抱きしめられる。苦しいけど、それが心地よくて、安心する。

「…ああ」

暫く黙っていた歩君だけど、弾いてくれる曲を決めたのか私に側にあるイスへと促し、ゆっくりと目を閉じて、目を開けると私の方へ視線を向けて笑う。太陽の光が差し込む中笑った歩君はとても輝いていて、いつも感じる彼の孤独が浄化されるみたいだった。日差しの暖かさが氷を溶かすみたいに。変な例えだけど、確かに、彼に近づけたと思えたの。耳を傾けると、とても柔らかいメロディーが流れる。速すぎずなテンポで聞こえるそれは、何だか全ての不安を拭い去るような暖かさを感じさせた。



君しか知らない
(君だけのメロディー)


歩がヒロインに送る曲が思いつかず結局、歩の即興。ヒロインを思いながら弾いたら出来ましたーみたいな。