てにす | ナノ
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私は家でテレビを観ていたはずなんです。楽しみにしていたバラエティ番組をパスタを食べつつ観ていたんです。
ちょうど画面がCMを流したとき、ピンポーンというインターフォンの音が来客を私に伝えてきました。
めんどくさいなあと思いつつCMが終わる前に戻ろうと重い腰をあげぱたぱたと玄関まで早足で向かいました。ピンポンピンポンと連打される呼び鈴に多少の苛立ちを覚えつつ「はぁーい」と相手も確認せずにドアを開けました。新聞の勧誘なんかだったらそそくさと退散してもらおうと思っていたのに、玄関の先に立っていたのは同じクラスの幸村君でした。私が玄関を開けた事に気付くと、ピンポンピンポン迷惑なくらい呼びリンを押していた幸村君の手が止まる。全身が凍ってしまったみたいに動かなくなった。寒気が全身を支配してしまいました。「やあ」と挨拶され、追い返す間もなく「こんばんは」とこちらも挨拶をして。気付いたら何故か、隣に幸村君が居て、一緒に大好きなバラエティ番組を観ていました。幸村君は口を開くたんびに「何この芸人」とか「うっわつらんない」とか「こんなんでギャラ貰ってるとか詐欺じゃん」とか…とにかく文句が発言の半分以上をしめていました。確率で言うと98%くらいです(残り2%は「お腹空いたんだけど」と「何かないの?」)とても居心地が悪いです。折角、大好きな芸人さんが出ていたのに幸村君のせいで笑えません。気まずいです。バラエティなのに全然楽しくない。それは番組のせいなんかじゃなくてほとんどが幸村君のせいだと思います。ていうかこの人はなんで私の隣に居て我が物顔でソファにふんぞり返り、パスタを食べているんでしょうか。
折角出して挙げたのに「俺ミートソースの方がよかったなあ」なんて文句言われなきゃいけないんでしょうか。たらこソースの何が悪いんですか。私が食べたかったから作ったのに。どうして幸村君にお裾分けしなきゃいけないんでしょうか。挙句文句まで…!そもそもどうして彼は私の家に来たんでしょうか。私に会いに来たんですか? どうして? わからない。彼とは中等部の…確か中1の終りくらいに出会ったような。そこから私の不幸な日々が始まったんだ。思い返せばいつもいつも意地悪ばかりされてました。いつもいつも笑顔で意地悪してくる嫌な人でした。笑いながら意地悪言うしするし、私は彼が苦手です。嫌いです。魔王様です。怖い。高等部に上がってもそれは変わらなくて、会えばいつもからかってくるし。誰か助けてください。周りはそんな私の気も知らないで「羨ましい」とか言ってきます。そんなに言うならポジション変わってほしいです。喜んで受け渡しますよ。

どうして彼が私に意地悪するのかとかもう考えるだけで億劫です。幸村君が「ごちそうさま」と空になったお皿を私の膝の上に置きました。「あ、うん」……自分で流しまで持っていって欲しいなんて私の願いも虚しく、幸村君は一度私に微笑んでからまた視線をテレビに戻してしまいました。テーブルの上に置いてあった自分のお皿に幸村君のお皿を乗っけてキッチンへ行くと「お茶のみたいなぁー」って傲慢な声が背中に届きました。勿論幸村君です。恨めしく幸村君を見ると早くしろとせかすようなオーラを隠す事もなく醸し出していた。がちゃん、2つの皿を流し台に置いて冷蔵庫を開ける。

「うわ、ありえない。これで視聴率とれるとか考えてる奴等おかしい」

ずうんと私の中の何かが更に重くなった。お茶の用意をするためにコップを手に持ってお茶に……お茶に……わ、お茶ないんだけど。切れてるんだけど。水しかないんだけど。なにこれどうゆー事? もうやだ泣きたい。幸村君なんか怖い。重い足取りで戻ると間髪居れずに「お茶は?」と訊いてきた。ひぃっ!恐ろしい!目が合うだけで死にそう!
「や、えっと…切らしてて」
目を泳がせながら最後に小さくごめんなさいと謝れば「ふーん」とつめたい返事が耳に届いた。どうして私が、謝ってるんだろうなんて事よりも、も、早く帰って欲しいって気持ちでいっぱいだった。幸村君の顔が微妙に不機嫌に歪んだ。も、やだ。泣きたい。これ泣く。早く帰ってくれないかなあ。私の心臓潰れちゃいそうだよ。苦しいです。幸村君にはお茶よりも牛乳を飲んでもらった方がいいかもしれないです。彼に必要なのはカルシウムと私への気遣いだと思います。 ニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコ………、っ! (こ わ い !)そんなにお茶が飲みたかったんですか…!
「か、買ってくるね…」
うわああああああん!!どうしてなんでなんでワーイ?なんで私が幸村君のためにわざわざ出掛けなくちゃ行けないの。たかがお茶のために。たかが幸村君のために。あ、こんなこと言ったらファンの子達に殺される…前に幸村君に殺される…!

「そう…。じゃあなるべく早くしてね。俺すっごい喉かわいてるからさ」

…だったら水で勘弁してくれないかなとは口に出さず、黙って玄関に向かった。ニッコーっと笑顔だった幸村君が脳裏にやきついている。天使のような笑み、言動は悪魔も同然だ。なり行くまま靴をはいてドアノブ手を掛けた、ところでグラリ、視界が揺らいだ。

「わっ…!」

咄嗟に瞑ってしまった目を開くと天井が斜めに傾いた景色が映った。
ドアノブに置かれた私の手の上から覆われるようにして幸村君の手が置かれている。手を握られている現状を理解するのに10秒も時間はいらなかった。まあ当然だけど。一瞬にして理解した現状と、後ろから幸村君に抱き締められているという事実を受け入れる時間は異なるわけで、抱きしめられているという事実を理解するのには現状の倍の時間を要した。抱きしめてる、幸村君が、私を…。私が…抱きしめられてる? あの、幸村君に?! 自然と顔が赤くなっていく。自然ではなかったかもしれない。

「ゆき、むら君…?」

絞り出した声に幸村君が反応する。頬と首筋にかかった幸村君の髪の毛がくすぐったくて身じろぐ。
「そこまでしてくれなくていいや」
耳元に掛かる声がくすぐったくて、恥ずかしくて、なんでこんなことになってるのか、なんで幸村君が家にきたとかもう色んなことで頭がぐちゃぐちゃになって。とにかく意味が判らない。混乱中。幸村君は私の嫌いな人で、嫌いな人ってよりも苦手な人で、意地悪で、ずるくて。早くかえってよ。苦手なんだよ。幸村君が。嫌いなんです。幸村君が。だって、だって…意地悪だしいつもからかうしやっぱり意地悪だし。
「幸村君、私の事すきなの」
ほんとうにほんとうに、拾えるか拾えないかくらいの音量で、呟いた。自分でも声に出していたかわからないくらいに小さい小さい声だった。幸村君が息を吐き出すように小さく笑った。耳が震える。
「嫌い じゃないよ」
ひどくゆっくりと吐き出された言葉だった。嫌いじゃない。そうかそうだよね。私が嫌いだから意地悪するんだとばかり思っていた。だから私は幸村君が怖くて苦手で私も嫌いになろうとしてるんだ。幸村君だもん。嫌いな人に時間を割くような人じゃないですよね。嫌いだったら、気にも掛けられなかっただろうな。ぼんやりと思って。幸村君と出会わなかったら…とか考えてみた。想像できなかった。私と幸村君は出会って、幸村君が私に気付いてしまっていたから。うぬぼれたわけじゃない。ちょっとした悪戯心からの呟きだった。もうちょっと取り乱すかと思っていたのだけれど。全然余裕そうだ。残念です。くすり、幸村君が笑う。
「嘘、すきだよ」
ぎゅうと抱きしめられた。いつのまにか握られていた手は自由になっている。
「だから行かないでよ」
言葉がなんにも浮かんでこない。声が出ない。幸村君なんて意地悪で意地悪で意地悪で、意地悪で…そのあとには必ず「ごめんね」って言葉がついてくる。意地悪の後の幸村君はとてもとても優しいのを私は知っていた。どうして今になって気付いてしまうんだろう。ごめんね、っていつも最後には謝ってくれる幸村君が好きな私がいることも知っている。気付いてしまった。




いつか優しさになるよ
ゆっくりと離れていく幸村君の体温に寂しさを感じながら、
もうちょっとくらいなら居てくれてもいいかなあ、なんて思いました。



「今更だけどほんと幸村君何しにきたの?」
「あー。告白しに?」
「そ、そうなんだ」
「そうなんだ。で、返事は」
「意地悪する幸村君はきらい」
「ほんとは嬉しいんじゃないの?」
「………(違う…!)」



(意味が不明すぎる)
梢ちゃんへ!なんかもう幸さん難しいし。今回ちょっと書き方変えてみようとか思ったんですけど癖が抜けきらなくて所々いつもどおりの文章に。いつも以上に読みにくいと思います。展開の仕方というか…うむ、完全にこれはからまわった感じだ…梢ちゃんごめん…!