てにす | ナノ
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自分の誕生日をそれほど嬉しいと思ったことはここ数年ないし、祝う暇もこの時期ない、それに加えてそんな事で浮かれてられる程ガキでもない俺はいつも通り夜まで書類に追われている真っ最中で。今日はやけに多いな、と煙草の灰を灰皿に落としながら時計を見ると既に時刻は日付が変わる20分前を回っていた。

「誕生日ねぇ…」 

目を書類から離して煙と一緒に出た言葉は部屋に響くこともなく静かに消る。
まるで今日の自分の様に、寂しく。誕生日、それを喜べと言うなら喜ぶ暇を与えて欲しいモンだな。まず目の前にある書類の束をどうにかしてほしい。そしてゆっくり過ごせりゃ最高だな。眠い。寝たい今すぐ。書類が終わんねぇ。あー、でもたとえゆっくり過ごせたとしても俺は物足りなさを感じるんだろうな。ふっと落とすように笑った後最高だと思ってた3秒程前の記憶を無かったことにした。満足なんてきっとアイツの側でなきゃ感じることもないし、得られないと思ったから。ああ、そういや今日は忙しくてアイツの姿を見てねーな。アイツが側で一言でも祝ってくれりゃ少しは浮かれてやれたかも。そう思うと残念というか妙な消失感が生まれた。

あと15分で日が変わる。

そろそろ切り上げて寝ちまおうと、ほんの少し、いや今になってはかなり後悔してる。それを忘れるように煙草を肺の奥まで吸い込んでから、灰皿に押し付けて取り掛かっていた数枚の書類を纏め束ねてから山積みになった書類の上へ無造作に置く、と廊下から足音が聞こえた。 その足音と陰は部屋の障子の前で止まり、ソイツは控えめに俺の名を呼んだ。やっと来たのか。遅ぇよ。やっと聞きたかった声が耳に届いて安堵すると共に口元に笑みが浮かぶ。

「…入れよ」

情けなく緩んだ顔を悟られたくなくてなるべく低い声で促しながら、置いたばかりの書類を再び手に持って内容にミスは無いかと目を落とす。これ別に照れ隠しとかじゃねーから一応ちゃんと真面目にチェックしてるから別に意地なんて張ってねぇ。横目で彼女に目をやると、襖を静かに閉めてそのまま背中に抱きついてきた。いつも通り隣に座るもんだと思ってたら、意外な行動だけに手に持っている書類を落としそうになる。吃驚するじゃねーか!頭でも打ったんじゃねーのかコイツ。普段なら滅多に自分から抱きついてきたりしないから、逆に怖い。いや可愛いけど。思わず声が出そうになったが(イヤそっちの声とかじゃなくて)なんとか堪えてやった。風呂上がりなのか、まだ少し髪が濡れている。こーゆー無防備なところはいつも通りで、焦りと安心感が混ざり合った微妙な感覚に苦笑いをもらす。何かいい匂いするコイツ。甘ぇ。甘い物なんて普段は御免だがコイツは別だな。嫌いじゃない。寧ろ好きだ。包み込むようなふわりとしたコイツが好きだ。

「お疲れさまです」

暫く黙って抱きついていたコイツが小さく言う。耳元で囁かれて不覚にもドキッとした。「おう」とぶっきらぼうに返すと、ぎゅう、としがみ付くように力を入れてきて、背中全体に体温が広がる。密着している身体が何処かもどかしくて、なんつーか柔らかいものが背中に…あったけーな。この感触最高だ…って俺は変態か何考えてんだよ。
んだよ結局コイツに因って浮かれてんじゃねェか。


「今日は子供の日なんで甘えさせてくださいね」


首に回されている細く白い腕が襟元をきゅっと握る。手、小さいな。子供の日かよ。俺関係ねーじゃねぇか。つーか胸とか際どい。あーヤベェよな。どうしたんだ今日のコイツめっちゃ可愛い。珍しく甘えん坊ってのがまた新鮮で…って何もいかがわしい事なんざ考えてねぇ。このまま押し倒したいとか思ってねぇよいや実はちょっと想像した。不謹慎だが相手が相手だけにどうしようもないと思う。抱き締められんのもたまにはいいかもしれない、と頬を緩ませながら、このまま逆に押し倒してやろうかなんてぼんやりと頭の隅で考えていた。

「あと五分で子供の日、終わるぞ」

「そしたら今度は土方さんに甘えてもらいます。」


肩口に頭を預けるコイツが喋る度、首筋に掛かる髪や息がくすぐったくて身を捩る。
いつもコイツもこんな感じなのか、なんて考えているとちょっと恥ずかしくなった。ああ、あと少しで日が変わっちまう、「お誕生日、おめでとうございます」聞きたかった言葉を聞けた。やっとだ。何かちょっと前のかっこつけてた俺が懐かしい。ほんの五分前の事なのに。日付が変わる3分前に吐き出された言葉に、満足ってのはこーゆー感覚を言うんだろうと思った。やっぱコイツが好きだとも思った。いやいつも思ってる、今回は特別。ちゃんと俺の誕生日を覚えてるとことかどうしようもないくらい可愛いし愛しいと思う。勿論俺だってコイツの誕生日を覚えてる。仕草も癖も全部焼き付いてる。ったく可愛い事してくれるじゃねぇか。何かさっきから、可愛いと好きしか言ってない。


「日付、変わっちゃいましたね」

「…そうだな」    


日付が変わる前に言えてよかったです、と笑いながら言う彼女の未だ俺の襟元を握る手を包み込むようにして掴んで、掌にキスしてやったら耳まで真っ赤にしながら「好き」と言ってくれた。


ありったけの愛で
「甘えてやるよ」

ぐっと引き寄せて耳元で低く囁いてやるとビクッと肩が揺れた。


とも様へ相互記念!
リクに沿ってなくてごめんなさい。