夏とはいえ、制服のままプールにドボンはやっぱり辛い。冷たい! 寒い! 「何してんだよ」 本当に小さく、息を吐くように笑った藤城君に思わずときめいた。いや変な意味はないけどさ。ていうか恥ずかしい。 「……寒い…」 「だろうな」 ぶるぶると身体が震えた。夏だけどやっぱ寒い。これ2回目だったかな。 「菊崎」 「は、はひ?」 「こっち来て」 こっち、と言われて付いて来た先は、校舎へ繋がる非常階段。ちなみに踊り場。 「寒い?」 「勿論です」 「そか。弁当落ちなくてよかったね」 「う、うん‥‥?!」 やはり彼は無表情だ。その無表情でいきなり制服を脱ぎ出すものだからこっちは心臓がいくつあっても足りない。えええええ!? な、なに!? 何故脱ぐ?! 遭難した時に身体を温めるのは裸で抱き合うのがいいとか前にどっかで聞いたことあるけど、えええええ、ま、まっ、まま、まさか…!? ちょ、いやでも、そこまで非常事態でもない、ような…ッ!! バッ、と両手で顔を覆う。背中を向けてるから顔を覆う意味はなかった。 「菊崎、お前どこ向いてんだよ」 「藤城君とは逆の方ですが‥!」 いーから、こっち向け、と肩に手をかけられて無理やり藤城君の方へ向けられてしまう。とっさの事に目を開くと、制服は着てないけど裸でもない藤城君が無表情で立っていた。一々無表情って言ってるのも失礼だよなあ。 そう言って渡されたのは藤城君がさっきまで着ていた制服(シャツ)だった。何だ下にTシャツきてるんなら、そうと早く言ってくれればいいのに! あー、吃驚した。 「え、いいの?」 「いいよ。俺寒くないし」 「あ、ありがと」 「うん。じゃあ俺こっち向いてるから」 私に背を向けて、ドアの方を見てる藤城君。無駄にドキドキしながら肌に張り付いた制服を脱ぎ始める。 「あ、菊崎」 「はははい!」 「今日ジャージとか持ってきてる?」 「ジャー‥‥持ってきてない‥!」 ああ、そっか! ジャージか! ああああ持ってきてないいいい! だって今日体育ないし。ジャージ昨日持って帰っちゃって今は洗濯物としてベランダに干してあるよぉぉぉ! プールに落ちるって分かってたら持って帰らなかったのに。 誰が、プールに落ちるなんて予想出来ただろうか。 「そか。じゃあ俺ので我慢して」 そう言って立ちあがった藤城君はこっちに目もくれず(着替えてるんだから当たり前だけど)、ドアノブを回してドアの外に出てしまった。えええ、ちょ、えええええ?! 「そんな格好でうろつくなよ」 そう言われてしまっては外に出ることも出来なかった。まあ確かに上は藤城君の制服があったから助かったけど、下はびちょびちょで気持ち悪いし、寒いしで正直藤城君の気遣いはかなりありがたい。ありがたい通り越して申し訳ない。ほんとごめんなさい、自分アホでごめんなさい、プールに落ちてごめんなさいいいい! てかほんとスカートびしょぬれで気持ち悪い! 仕方ないのでスカートも脱ぐことにした。ついでに靴下も。今ほんと死にたい。誰かに見られたらプールに飛び込んで死ねる気がする。どうか誰も来ませんように! それにしても、藤城君の制服大きくてよかった‥! 裾長くてよかった! ほんとに! ああ早く藤城君戻ってきてください! 心細い! 何分かしてやっと藤城君が戻ってきた。 「あれ、菊崎?」 濡れたスカートと靴下とそれからシャツが無造作に床に置いてあるのを見ながら彼は 「あいつスカートまで脱いでどこ行った?」 と、一言呟いた。階段の裏から顔を出して声をかけると、「うわ、吃驚した」と台詞ほど驚いてないような声を出した。こういうの棒読みっていうのか。 「じゃあこれ着替えてきな」 「う、うん、ありがとうございます」 藤城君からジャージを受け取って、先ほどと同じようにお互い背を向ける。渡されたズボンを履いて上を着る。よし、これでやっとお弁当が食べれる! 藤城君の方を向いて、着替え終わった事を告げる。それから歩き出せば、右足がズボンに引っかかってすっ転んだ。 今度こそ転ばないようにと裾を膝まであげた。藤城君て何気に脚長いなあ。いや背高いから当たり前か。 制服乾くまでどれくらいかかるんだろう。乾くまではここでサボりかあ。次は美術だし、大丈夫かな。 「藤城君まで残らなくてもいいのに、」 「またプールに落ちられたら困るんでね」 うう、元はといえば落ちたのは藤城君のせいなんだぞ! とは言えずに、ただ風に揺れるプールを眺めるだけにとどめた。まあ、こういうのもいいな、たまには。友達とサボりってなんだか素敵。どれもこれも初めての体験で、ちょっとだけ学校が楽しいと思えた。私って単純。藤城君も、楽しいって思ってくれてたら嬉しいな。楽しいっていうか呆れてるけどね、今の藤城君。 「あ、菊崎……あれ、」 「え、なに?――――」 ← 6 → |