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「藤城くん」
「うん」
「一緒にお昼どうですか」
「…菊崎と?」

お昼が始まって10分が過ぎたころ。私はようやく勇気を出してお弁当を片手に、藤城くんをお昼に誘った。彼は昨日と同じように、椅子の後ろ足でバランスをとりながら片足を机に掛けた状態で周りを見ていた。やはり無表情。私の誘いに対して、きゅっと眉根を寄せて見せた藤城くんに、馴れ馴れしすぎただろうかと行動を起こしてから後悔した。そもそも私たちの関係はそういう仲なのだろうか。どこまで許されてどこから許されないのかはっきりしない距離がむずがゆい。踏み入っていい場所が、どこまでなのかその境界線すらわからない。まあ出会って(というか存在を知って)間がないのだから仕方ないことなんだろうけど。

「……いいよ」
「えっ」

暫く黙っていた彼が、机に置いた足を床に付けて私を見上げた。今、いいよ、って言った?
思わずもれた声に、彼はまた眉を顰めた。

「何やってんの」
「は、」
「飯食いに行くんだろ」
「う、ん」
「…ちょっと売店寄っていい」
「ど、どうぞ!」

ちらりと藤城くんの視線が、私の手にあるお弁当に投げられる。息を吐くようにして出された言葉にまたしても大声で返してしまった。彼は相変わらず何とも思ってないように先へ進んでしまう。何にも、感情を込めないで。冷たい、冷めてる、よりも落ち着くと思ってしまうのは変だろうか。なんだか彼の無頓着というか、無愛想というか、とにかく感情表現が薄い彼に安心を抱いてしまう。変に探られたり干渉されないから? よくわからない。初めて出来た友人というか話相手はなんとも不思議な人だった。

売店でクリームパンとイチゴオレを買った藤城くんがふいに立ち止まる。

「あのさ、昼っていつもあんたどうしてんの」
「私は、……」

そこまで言って言葉を途切らせる。私は、その辺で、一人、だった。今更だけど一人だと告げるのが恥ずかしくなった。

彼相手に今更だな、ほんと。


「どこで、食ってたの」
「え、っと、」

言葉に迷った私に助け舟を出すように、質問をかえてくれた藤城くんに心の中で感謝しながら、昨日までのことを思い出してみる。いつもは、人があまりいなくて静かな理科室とか、プールなんかで食べてたなあ。そのことを伝えると、彼は「じゃあ今日暑いしプールがいい」と言った。ほんの少しだけ、表情が緩んだ。無表情なのがもったいないくらい、整った顔をしている彼だから、そんな表情を見せられると少なからずドキっとする。そこに恋愛感情がなくとも。
それにしても、これだけ端整な顔立ちをしているというのに、目立たない彼を不思議に思う。女の子たちに騒がれててもおかしくないし、彼ほど魅力を兼ね備えた人材ならばきっと、周りには人でいっぱいだったのに。無表情だから? 失礼なことを彼の背中を見つめながらこっそり考えた。その真相は彼しか知らないのかもしれない。そうだ、やっぱり、おかしいだろ。いくら私が他人に興味を示さなかったとしてもだ、彼ほどの存在を気付けなかったなんておかしな話だ。彼は、空気になるのが上手いらしい。私と違って故意にやっている可能性が高いなぁ。私なんか意識しないでも空気同然だったのに。

プールに続くドアを抜ける。もう9月も半ばで、プール授業は終わっているのに、未だにプールの水はひかれてなくて、きらきら太陽の光を反射していた。プールの水は、綺麗だった。

「プールって開放されてたんだ」
「そう、だね。いつもあいてる」
「ここの教師もやる気ねーよな」
「はは」

彼の声はいつも静かだ。なのに、よく通る。彼の声だけ、耳に入るみたい。
彼はクリームパンを口に運びながら、プールの淵まで行ってプールの中に落ちてしまいそうなくらいの位置で、止まった。そんな彼を眺めながら、自分のお弁当を広げた。ちなみに冷凍食品が6割。

「菊崎、」
「なに?」

私の方に振り返って、呼ばれる。子首を傾げる私に、裸足になる彼。

「なんでんなとこにいんの」
「え?」
「一緒に昼食うって誘ったのお前だろ」

膝までズボンをまくって、足をプールに浸しながら「こっち来れば」と彼が促す。そんなこと言われたら行くしかないだろう。

水で遊ぶ彼の足を見ながら、ぼんやり今朝の出来事を思い出す。鈴木さん(仮)、結局戻って来なかったなあ。もしかしたら学校を飛び出していってしまったのだろうか。他人事なのに、妙に気になった。自分でも不思議に思うくらい、鈴木さん(仮)の存在が頭の中を離れない。今までは私の周りに誰もいなかったから、他人のことまで気を回せなかったけど、今は、藤城くんの存在が隣にあるから、余裕を持てる。げんきんだなあ、とか、調子乗ってるなあ、とか、思えて小さく笑った。

「そういやさ」
「ん、?」
「朝のやつ、帰ってこなかったな」
「あ、うん。同じこと考えてた」
「ふーん、やっぱ考え、似てんのかな」

膝に肘をついて、頬杖をつきながら顔を覗きこまれる。

「……あ、」


好きなものを語る、時の、顔がそこにあった。いたずらっ子のように笑う。
ふいに見せるその表情に私は、弱い。だって、その顔って、興味を示してるってことでしょ。嫌いじゃないってことでしょ? 無性に嬉しくて、足に力が入る。体を動かさないとだめになってしまいそうで、慌てて立ち上がる。プールの淵に座っていたということを忘れていた。勢いで立ち上がったせいでバランスを崩して、プールに叩きつけられるように、落ちた。ドボン、水しぶきが、舞う。

「菊崎?!」

珍しく、感情のこもった、それも大きな声が、きこえた。

「つ、つめたっ!」
「……何してんの」

呆れたように、目を細めた彼のシャツに、飛び散った雫がしみを作っていた。水玉模様のようだ。



午後


5