彼を追いかけて、着いたのは、何の変哲もないどこにでもありそうなラーメン屋だった。なんだかさっきまでのミステリアスな雰囲気を纏う彼とは思えない…学生らしいというか、なんていうかまともなところだった。失礼だが、私はもっと怪しいとこに入るものだと思ったのだが。ある種のミステリーかもしれない。それでも、何故だか距離がちょっとだけ縮まった気がした。普通過ぎるのとか、ギャップとか……なんにせよ新鮮だった。………ラーメン屋。 赤いのれんをくぐり適当な席に座り、メニューをあの無表情で手渡される。 「はい」 「あ、どうも」 「好きなの頼みなよ。俺のおごり」 「や、わ、悪いからいいよ!」 反射的に大声で断ってしまった。また大声で…感じ悪くとられてないといいけど。 「あんたと俺の記念日っつーことで。ちなみに俺はチャーシュー麺を頼む」 「は、はあ…」 何の記念日だとかは今はいい。なんとなく理解した。それよりも私も決めなくては。どうやら彼はチャーシュー麺を頼むらしい。チャーシュー麺が好きなんだろうか。 「私は……塩ラーメンがいいな」 「ん」 注文を済ませてから彼が「塩ラーメン好きなの?」ときいてきた。会話がないよりはいいので、なんとかして話を繋げたいところなのだが、私はもともとお喋り上手ではない方でいつも相手の話に相槌を打ってるタイプだった。なので出た考えはまさに普通の答えで。こんな時もっと盛り上げるのが上手だったらよかったのに。 「好きです。そちらはチャーシュー麺が好きなんですか?」 「好きだけど…一番はとんこつ」 もしかしたら彼は自分の好きな物を(興味あるものとか)話すとき、目を伏せて笑うのかもしれない。小さく笑うその表情がいつもの無表情が嘘のように、とても穏やかで、本当の彼はこっちなのかもしれないと思った。それは私の願望であって、普通に無表情の方が素の彼なのかもしれないが。癖、なんだろうか。無表情か、笑う仕草のどちらかが。あるいはどちらも癖なのだろうか。それから彼はとんこつラーメンが好き、っと頭の中にメモしておこう。 「そういえばさ」 「はい?」 「お宅、名前は?…ごめん、俺クラスの奴とか名前覚えてないっつーか、他人に興味なくて」 悪気あるのかないのか彼はやっぱり無表情に言ってのけた。きっと彼の無表情は無意識だ。それが、彼にとっての普通なんだと思う。素直にそう打ち明けた彼は、きっと嘘やにせものが嫌いなんだろうな。まあ、にせものが虫唾が走るほど嫌いと言っていたくらいだ、きっとそうなんだろう。私に名前をきいてきたということは、私に少しでも興味を持ってくれたからだろうか。だとしたら、嬉しい。私の願望が、叶うかもしれない。興味を持ってもらわなければ仲良くだってできないのだから。仲良くなりたいと思ったのは数十分前のことで、実際私も他人に興味がない節があったので彼の名前を知らなかった。 「菊崎、輝です」 友好的といえば綺麗なのだが、そこまでというほどでもないような気もする。例えるなら義務的。それでもやっぱり、私と彼の距離は縮まっている気がした。さっきよりも彼の言動は丸くなっているし、さっきのような冷たい言葉と声は今はない。彼の興味を引けたからだろうか? まだまだ遠い位置に私はいるのかもしれないが、クラスの誰よりも近いところにいると思うとすごく、自分が特別ななにかのような気がして嬉しかった。 彼はやはり無表情でいうと、ちょうど運ばれてきたラーメンに箸をつけた。食べてる時まで無表情なので、美味しいと思ってるのかさえわからない。私も塩ラーメンを食べ始める。あ、美味しい。初めて君と食べた塩ラーメンは、さっぱりしていてまるで君の表情みたいだとこっそり思った。ああ、なんだか藤城蓮という人物は塩ラーメンのような人だ。 さっきまでが嘘のように平和だと思える。さっきまでが嘘のように私の中は驚くくらい穏やかだ。全て、彼が関係している。 ← 3 → |