後ろから、誰かに自分の名前を呼ばれた。名前じゃなくて苗字でした間違えた。 ゆっくり振り返れば若干後悔の波にのまれそうになった。息を切らしているところから見て走って追いかけてきたのだろう。そこまで早歩きしてたわけでもないのに周りを見てみればいつの間にか廊下を渡りきっていた。まだそんな歩いてなかったと思うんだが。とりあえず俺を呼んだそいつ…鈴木さんと向き合う。鈴木サンの方でも初期の鈴木さんでもなく、今のターゲットの鈴木さんだ。いい加減鈴木さん以外の簡単な名前を考えてほしいもんだ。いや菊崎のネーミングセンスを信じるのは次からやめよう。どうせ次の名前は田中か佐藤あたりだ。俺のが絶対ましだね。 「なに」 とりあえず返事はしてみた。シカトするのもあれだし。俺一応常識はあるしね。うん。それに相手が鈴木さんってちょっと興味そそられるじゃん。 何か言いたそうに目を泳がせる鈴木さんの次の言葉を黙って待つ。あと10秒以内に何も言わないようだったらこのまま帰ろう、そう決めてカウントを始める。 「あの、この前…藤城君が、」 数え始めて5秒で鈴木さんが口を開いた。おいあと5秒待ってろよ。 「この前…岩谷さんからの誘いで…私のこと誘ってって言って、くれたことすごく嬉しかったよ!」 「………は?」 「その前も…階段から落ちそうになった時助けてくれてありがとう! ちゃんとお礼言ってなかったよね」 「あのさ、」 「うん?」 「岩谷って誰」 「あ、えっと…鈴木サンて藤城君が呼んでた、あの目立ってる子」 「あぁー…あの睫すごい人」 「そ、そう。睫すごい人…」 「まあ誰でもいいし、どうでもいいんだけどさ…別にあんたのこと助けたかったわけじゃないよ。たまたま居て偶然助けるような流れになっただけ」 困惑の表情を浮かべる彼女に気づかれないように小さく肩を落とす。なんだ、そんなことを言うために追いかけてきたんだ。でも一応助けたお礼は頂いておく。そのお礼にどれくらいの気持ちが入ってるのかは判らないけど。話がそれだけなら俺は帰るか、と思って彼女から背を向けようとしたけどやめた。相手から話さないんならこっちから聞けばいいんだ。 「あのさ、俺ちょっとあんたに聞きたいことあんだけど」 「え、なに…?」 「なんであんたまだあのグループにいんの? もういじめられてないんだろ」 いじめ、という単語に過剰に反応を見せた彼女に落とした肩が少しだけあがった。俺って人としてどうだよ。まあ俺がどういう人間なのかなんて誰も興味ないだろ。 「あんだけひどいことされて、なんで普通につるんでられんの? 俺だったらすげー怖くなって近寄れなくなる気がする」 「ど、して…そんなこと聞くの…?」 そう言えば、突如彼女の表情が曇り今にも泣き出してしまいそうな目でこっちを睨んできた。口の端が小さく上がる。 「怖いよ…でも、一人はもっと怖いから…わたしも、今までいじめられて来た子も、藤城君みたいに一人で平気って顔できないっ…!」 「………」 「あの中にいれば、一人にならないし、岩谷さんの機嫌を悪くさせない、から…っ」 「まあそうなんだろうね、予想通りの回答ありがとう」 相手の顔も見ずに歩き出す。人間ってやっぱそう思う奴の方が多いんだろうな。一人が怖い、そんなの誰だって一緒だろ。当たり前すぎる回答に一気に脱力。もっとオッドな回答を期待していたのに残念だ。 「そんなん自己満足じゃん。一人が怖いならもっとよく周りを見ればいい。他人の機嫌を損ねたって気にすることない。気にしないようなモノを探せばいい。……弱いから群れるのは当然だろ」 足音に混じって小さい悲鳴のような音が遠くで聞こえたような気がした。 ← 29 → |