非常に困ったことになった。いやこれ前にも似たようなことあったけどさ。非常に、とか言いつつ実はそんなに困ってもないけどさあ。とりあえずちょっと困ってます。 つーか何で今日菊崎いないわけ? 何で今日休んでるのあいつ。菊崎の休みを狙ってかなんなのか鈴木サンがまたもやカラオケに誘ってきている。何で俺にそんな構うんだ。 「ね、ほら! この子も誘ったし藤城君も一緒に行こうよー、お願い!」 ばさばさで長い睫が瞬きするたび揺れる。うおお、睫すげえ。そんなことはいいとして、この子と指されたのは今のターゲットで、俺の味噌田楽の味噌を落とした女だった。あ、仲直りしたんだよかったね。なんて言葉が俺の口から出るはずもなく、何でお前らそんな人間関係に軽いの?とそっちの方を口にするところだった。そういうのって世渡り上手って言うんだよな。ちょっと羨ましいけど、俺らまだ若いわけだし今は必要ないと思う。 「あのさあ、別にそいつを誘ったからって俺がオーケー出すなんて言ってないんだけど」 「でも、この子誘ってから藤城君のことも誘ってって言ったじゃーん」 「ね、一回だけ、お願い!」 「あはは、その誘い方エロ!」 甲高い笑い声が目の前から聞こえる。何で急にこの人たち俺に絡んでくんの。あれか、ニュー鈴木に選ばれたのか俺は。俺相手に面白いこともなさそうだなあ。子供だましな行動でどうにかなる人間じゃないしな。自分で言っててちょっと、うわー…とか思っちゃったじゃねーか。 「悪いけど、鈴木になる予定はないから」 「は?! 鈴木?」 「この前も言ってたけど鈴木ってなんなの?」 「そういえばさあ、菊崎って奴も鈴木って言ってたじゃん」 「ちょっと気になるんだけどぉ、藤城君と菊崎って付き合ってんの?」 「えー、それはないでしょー! だってあの子ちょっとおかしいし」 「そっかぁ。じゃあ藤城君もあんまり付きあうのよくないよぉ」 笑いながら他人の陰口を叩ける女なんてどこにでもいる。虫も殺せないような顔をしてひどいことを平気でする奴なんて山ほどいる。平気でひどいことをしてるのに何も悪いことしてませんて顔をしている奴だってたくさんいる。このクラスの奴の大半はみんなそうだし。人間なんて結局そういう風にできてる図太い生き物なんだ。でも、それをわかってるんならひどいことしてるなら そうですけど何か? という顔をしていた方がいっそ清清しいと思うんだよな。 ―――俺は平気で他人を傷つける言葉を吐くし、影で他人をあざ笑ってる。だから俺は無表情なんだ。表情がないから何だってできる、そんな気がしてくる。ひどく馬鹿げた思考で、ただの屁理屈だ。 目の前の女たちを視界に抑える。鈴木サンとターゲットの奴以外の顔は始めて見たような気がする。中には今までターゲットにされていた鈴木さんもいた。笑っていた。 「あんたのことだよ、鈴木サン」 「えっ?」 「それから鈴木さんてーのが、今までいじめのターゲットにされてた奴のこと」 にやり、笑って今まで鈴木さんをしてきた奴らを見れば一気に顔が赤くなり不愉快が表情に出た。はっ、変なプライドは持ってるんだな。浅はかで、ささやかだ。 「いい気になってるなら今からやめた方がいいよ。俺からのご忠告」 「どう、いうこと? ねえ、一緒に行こうよ…」 「あんま他人を見下して付き合ってると後で面倒くさいってこと。いじめられてきた奴らだってヘラヘラ笑ってるけどさ、本当は周りが憎くて憎くて仕方ないんでしょ。無理して笑って、お前なんか不幸になれとか思ってんだろ。いつか引き摺り下ろしてやろうとか企ててたり、ね」 「っ…何が言いたいの、?!」 「お前らうざい」 「なっ!」 がたん、椅子と机が衝突音を奏でる。目の前の女たちから笑顔は消えていた。いい気味だ。お前らが思ってることってその表情通りなんだろ、と一言言ってやろうか迷ったけど結局何も言わずに教室を出る。不思議キャラだと思われたら嫌だなあ、なんて考えながらヘッドホンを装着した。 「…………」 本音だけど、お節介を焼いてしまったような気がしてなんか、すげーやるせない。あいつらのことなんかどうでもいいのに、何言ってんだか。菊崎のせいだな。明日学校きたら昼おごらせてやろ。 ← 28 → |