王子からの連絡が入るまでその辺で時間を潰すことになったので、藤城君の希望でCDショップに入ることにした。 藤城君が新曲コーナーに置いてある一つのCDに視線を落としている横で、彼が手に取ったCDと同じものを眺める。 こういうの聴くのか。 「買うの?」 「や、今日はやめとく…つか実は予約してるんだよね」 「へぇ」 「たぶん明日くらいに届くと思うけど。なんか待ってらんねーわ」 早く届いてほしいっすねー、といつも通りのトーンで呟きながら手に取ったCDを元の位置に戻す。いつも、のんびり構えている彼が待ちきれないなんて意外だ。せっかちさんだ。 他のコーナーへ進んでいく藤城君を見送って、先ほど戻したばかりのCDを手に取ってみる。曲名とバンド名を頭の中で繰り返した。ちょっと、聴いてみようかな…なんて。 「興味あんの?」 「へ、うわっ、」 いつの間にか戻ってきた藤城君にひょいと手元のCDをひったくられる。 「う、うん…気になった」 「よかったら明日CD持ってこようか? これも届いたら貸すし」 「いいの?! うは、楽しみ!」 CDを再び元の位置に戻し、こちらへ向き直った藤城君は珍しく笑顔で…その代わり、そう口にした。藤城君の笑顔はやっぱりレアだと思う、なんか慣れない。 「菊崎の好きなもんも持ってきてよ。知りたい」 「………」 「………」 「…はあ?!」 「え、駄目なのか」 「駄目じゃないけど、さ! 知りたいって何!」 「菊崎の好きなもんも知りたいって…あれ、菊崎も俺が聞くもんが知りたくてCD借りたいんじゃないの?」 「そそそそそうなんだけど、藤城君が知りたいって…!」 「基本無関心な俺でも興味持つもんくらいあるんだよ」 「ごめん、嬉しい! 明日絶対持ってく!」 「あー、なんかゲームのサントラとか持ってきそうだよね。それかアニソン」 「私ってどんなイメージ持たれてんの」 藤城君が、私を知りたいとかさ、なんていうんだこれ、以心伝心? 誰かに、興味なんてもたれたことなんてなかったから、それがとても新鮮で。しかも相手が藤城君って、すごくすごく嬉しい。今なら、胸をはって藤城君を友達だと言える…気がする。一方的なのが寂しくて友達って関係に位置づけるのが空しくなるのが怖かったけど、そんなの関係なしに今は友達と位置づけられるような気がした。同士とか、そういうものに近かったけど、別にそれが“友達”という名称でも問題ないような気がした。 「お、サクラちゃんからメールだ」 「………」 「んー文末にハートマークとか…」 「………」 思わず叫びそうになったのを、両手で押さえ込んだ。それを見た藤城君が怪訝そうに片目を細めてこっちを見る。 サクラちゃんて誰?!ていうかサクラちゃん?!名前呼びでちゃん付け!!?可愛いんですけどおおおおって違うよ! 「さ、サクラちゃんて……?」 「ん? オトモダチ」 にやり、藤城君が携帯を閉じながら笑う。さっきまでの感動を返せと言いたいくらい、それくらいなんかイラっときた。べべべべ別に藤城君に女の子の友達がいてもいいですけどね? その子とメールのやりとりしてたって、文末にハートマーク付けられてたっていいけどさ、けどさ…! なんだこれ! 「菊崎さんやきもちー」 「ちちち違うよやきもちっていうか…藤城君にも女の子の友達がいたってことにショックを受けただけだよ、そうだよ」 「お前が確認してどうすんだ」 「それからちょっと悔しかっただけ! 藤城君に友達がいたことに!」 「うっわ、さいてー」 「分かってるよ!」 喉で笑う藤城君は余裕綽々でCDショップを出る。むかつく! 笑うな! 「女子の友達は菊崎しかいないよ。つか友達いないし?」 「っ、…え?」 「王子は友達って呼ぶのが嫌だから友達じゃないよ」 「ひどい! 王子の扱いが! 」 「なんかそういう扱いしか出来ないんだよねー。愛故かな……ぜってー違ぇな」 「じゃあじゃあサクラちゃんて誰? メル友? 出会い系?」 「ごめんなさい意地悪しましたオトモダチなんて嘘です、菊崎さん顔怖いです。つか出会い系とかしねえし、メール自体しないよ」 ずい、と目の前に藤城君の携帯のディスプレイが現れる。あ、この携帯かっこいい。 メール画面がそこには映っていて、差出人は“サクラちゃん”じゃなくて、ただのメールアドレス。 「…迷惑メール?」 「本文読んで」 「………」 人様のメールを読むのは気が引けたけど、読んでと言われたんだから読んでもいいんだよね? ということで視線を下へずらして本文を見る。 ぱっと見て、文末にハートマークが2つ貼られているに気付いた。文末にハートマーク…ってことはサクラちゃんなのか。このアドレスはサクラちゃんなのか。 生徒会終わった どこで会えばいい? 「……王子?」 「うん。」 「サクラちゃん…?」 「うん。」 「なんで」 「何でと言われてもサクラちゃんっぽいじゃん、アイツ」 「そう、かな…?」 王子、絵文字とか可愛いな。いやでもあの顔で絵文字とか似合わない。文末にハートマークが一番似合わないよ。 「待ち合わせここでいっか」 「………うん」 こっそり、藤城君の画面を覗いてみる。私が見てるのに気付いて、携帯の画面が見やすいように傾けてくれた。あ、なんか人様のメール見ちゃってすみません。『サイゼ付近のツタヤまで』王子のメールとは裏腹にやっぱり藤城君のメールはシンプルなものだった。簡潔すぎるきもする…サイゼ付近のだけでわかるのかな。まあわかるだろうけど。 「あー、腹減ったー」 「………」 「菊崎門限とかある?」 「…ないよ」 「そか」 「………」 「………(え、機嫌悪い?)」 「…あの…」 「うん」 足元をきつく睨み付ける。どうしよう、どうしたら伝えられるんだろう。藤城君に、どうやったら届くんだろう。どんな言葉で伝えたらいいんだろう。着飾った言葉なんていらないけど、それでも私らしい言葉で伝えたい。 「藤城君、」 「なに」 「れれ、れん…っ!」 「え、うん」 ぎゅう、スカートのポケットの中で作った拳を強く握る。 「れれれん、連絡先教えてください!」 「………」 「…よ、よろしければ、お願いします…!」 「そっちねーはいはい(名前の方かと思ったじゃんかよ)」 突然その場に藤城君がしゃがみこんで、肩を揺らしながら笑っていた。きょとんとしていたら、藤城君の腕が伸びてきてその手の中には携帯が握られている。 傷一つない携帯の電話帳に、一人目の情報が登録される。あれ、なんか前がかすんできた。初めて、携帯が意味のあるものに思えてきて、すごく大切にしなくちゃって思えた。 藤城君に笑われた。 ← 26 → |