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たまに、教室の中がとても窮屈に感じる。窮屈といえばいつも窮屈なんだけど、時たまものすごく辛くなる。自分が無知だから、そういう思いが生まれるのかもしれない。教室に溢れる笑い声はいつも心地のいいものではなかったし、見える景色すら醜いものだ。それよりも醜いのは目の前にいる人間なのだと本能が告げる。教室の中だけが世界の全てだなんて言わないけど、それでも嫌でも目に入る光景に聞こえる言葉を完全にシャットアウトするのは難しかった。
笑いながら吐かれる暴言は鼓膜に走るような痛みを与えるし、低レベルな暴力は目に残像を焼き付けてはズキリと何かが傷んだ。まともな人間ならそう思うのが普通なんだろうけど。とりあえず私はまっとうな人間らしいので、人間らしい感情は備わって居るらしい。他人に興味がないのは感情の欠落というよりも性格なのでその辺は仕方ないよなと思うことにした。開き直るともいう。

先日まで女子の輪の中心で泣いていた鈴木さんは、笑顔で新しくターゲットにされた子に言葉を突き刺していた。どうして、笑えるんだろう。どうして先日まで同じことをしていた子たちと一緒にいれるんだろう。それは本当に楽しいことなのだろうか。疲れないのだろうか。

怖くは、ないのだろうか。


またいつか裏切られるという危機感はないのだろうか。そういう疑問がふつふつと浮かんでぐるぐると頭の中を回る。私だったら前のように笑えない、一緒にいれない、怖い。あの人たちはどうしてそういうことを繰り返せるのだろうか。自分の無知が怖い。
藤城君は、“偽者”と称して、あの人たちのことを偽りと呼ぶ。本物じゃない。本物じゃないからああして今も笑えるのだろうか。その笑顔すら偽者なんだ。どうして他の選択が出来ないんだろう。考えても考えても出てくるのは一般論だけで自分がもとめる明確な答えとは違っていた。何を求めて何を求めるのか自分に問いかけてみる。
もしかしたら私は、ターゲットされた子たちが元居た子達の元から離れることを望んでいるのかもしれない。主観でしか見れないことに狭さを感じるけれど………
自分の思い通りにならない世界が辛くてたまらないのか。

考えるだけ無駄   誰かがそう囁いた気がした。


「暇つぶしにしては、大掛かりなことだ」

暇潰しで他人に迷惑をかけないでもらいたい。


「代わり映えしないからじゃないかな」
「なにが」
「菊崎がそういう顔するの」

さっきまで腕を枕代わりに机に突っ伏して寝ていた藤城君が顔を覗かせて私を見上げるように言う。え、私口に出してたっけ。

「悔しそうっつーか、泣きそうな顔してる」
「別に悔しくない」
「顔色悪いよ、最近」

ストレスはよくないなぁ、少し笑いながら藤城君が席を立つ。

「理解できないのがむかつくだけさ」
「ふーん。…………」

席を立ったままの藤城君に首根っこを掴まれ無理やり立たされる。

「え、…!?」
「ホームルームなんて居ても居なくても平気ですしね」
「はい?」
「フライングしちゃいましょう」
「ふ、フライング?」

名案をひらめいた、まさにそんな顔で2人分の鞄を掲げて見せた藤城君は私の首根っこを掴んだまま教室の外へ歩いて行く。え、なにそれ、帰る気ですか。私も連行する気ですか。いや一人にされんのは嫌だけど、でも、えええええサボるの? また?!

「さあさあ、話なさいよ」
「無表情で言われると尋問されてる気になってくる」

「してんだよ、尋問」


「………」

ばしんと鞄を投げつけられる。私がそれをキャッチする間に、藤城君は靴を履き替え始めてさっさとすのこの上から退く。

「俺もさ、菊崎みたいに考える時だってあるよ」
「はい?」
「最初は、いい気味とかざまあとか思ってたんだけど」
「(ざまあって……)」
「最近じゃ目障りになって、友達の振りってのが強くなったと思う。奴らもさ、それに気付き始めてんのにまだ腹の探りあい続けてて…俺には、っつか俺らには関係ないんだけど、やっぱ目の前にある出来事で嫌でも気になっちゃうんだよな」
「………」
「教室の中なんて空気悪すぎて居らんねーよな。あいつらもデトックスしてきてほしいよ」
「藤城君はしたんですか」
「俺は自分の毒は好きに排出できるから大丈夫なの」
「よくわかんない」
「暴言ばっか耳にしてたら、そりゃイライラするよな」

先を歩く藤城君を追いかけて、始めて藤城君を追いかけた時のことを思い出した。あの時もこんな風に、私の中のなにかを鎮めてくれたんだった。魔法の呪文のように、私がほしかった言葉を魔法でも使ったようにすらすらと形にしたんだ。彼はそうやってまた、私の中にある不可解な感情を言葉という形にしてくれた。それはやっぱり私からしたら魔法の呪文で、私はまたほしいものを手に入れたような気がした。
私のデトックス法はきっと藤城君の言葉にあると思う。

「いつも同じことの繰り返しで、疲れてきた」
「…………」
「いじめ受けてる奴を助けたいとも思わないし、いじめしてる奴らに制裁下したいとも思えないんだけど、なんか…見ててうざったいんだよね。結果さ、俺が思うに菊崎はあいつらに成長してもらいたいんだよ。変化とか進化とか、今の現状を何とかしてほしいって感じ、だと思う」

落とされる言葉がストンとどこか奥深くに落ちてはしまわれていく。
まさにその通りなんじゃないかと思った。別に藤城君の言う私の考えが少し違ったところで、彼の言葉ならそれも正論なんじゃないかと思い始める始末で、私はどこの藤城信者かと小さく笑った。

「まあ多分…連中もそろそろターゲットの回し合いに飽きがくるだろうよ」
「藤城君また何か目撃したんですか」
「してねえよ。俺が飽きたんだからあいつらにも飽きてもらわないと、と思っただけ」
「自己中だなあ」
「お前もだろ」

歩き出す頃には、ざわつく波音はなくていつの間にか穏やかに波打つものに変わっていた。こういうのが進化や成長って言うのだろうか。私ってば結構流されやすいんだなあ…。先ほどの不可解な感情などすっかり跡形もなく消されて…というか流されていた。



融解


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