ちまちま | ナノ
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ゆらゆらと、ひらひらと、――

ゆらゆら揺れて、ひらひらと舞うように雪が降りてくる。手のひらで受け止めた雪のひとかけらはすうと私の手のうえで溶けて消えて、冷たさも私の体温にかきけされて何も残らぬまま、無になった。もうひとかけら、手の上で受け止める。同じように溶けてしまった。ずっと、私がこうやって雪を受け止め続けていけば、きっといつか私の手のひらは冷たくなっていくのだろう。もっともっと早く、降りてくるたくさんの雪たちを手のひらにあつめれば、きっと溶ける前に私の手の中で何かを残してくれるだろう。その後は、また無へとかえっていくのかもしれない。ゆらゆらと踊るように、ひらひらと散るように雪が降る。
とても儚くて、無性に空しさを感じる。
私の心も雪と同じで、ゆらゆら揺れて、ひらひら揺れ、いつかは無くなってしまうのだろうか。雪がたくさん積もったら、私の体温がなくなるように。私の心が積もれば…満たされていけば、いつか体温を感じなくなるのだろうか。そしたら、心という存在も無へ消え去ってしまうのだろうか。
そう考えると、無性に悲しくなった。

綺麗、そう思う心もいつしかなくなってしまうのか。雪が私の目の前で踊って、地面へと落ちていく。次から次へと落ちてくる雪は目で追うには多すぎる。真っ白な世界はとても綺麗だった。積もるんだろうなあ、小さく口にした言葉と一緒に白い息が空に溶けた。
綺麗。真っ白い世界で満たされていくのはとても綺麗だけど、いつしかその白も消えていく。この白がずっと、ずっと続いてしまったら、私はきっと綺麗だとは思えなくなってしまう。短い間の、一瞬の、この世界が儚いから 綺麗なのだと心の中では思ってるくせに、ずっと続けばと視覚に支配された頭が思う。矛盾しているとわかっているのに抗いたくなる。

その場にしゃがみこんで地面に降る雪を眺めていたら、後ろから来た人物によってお尻を蹴られて転びそうになった。バランスをとろうとして慌てて地面につけた手から、雪の冷たさと地面のごつごつした感触が混ざり合うように手のひらに伝わって、痛かった。蹴られたお尻も痛かった。レディーのお尻を蹴るなんて最低よ、セクハラだわ、と睨みながら後ろに視線を向けると、相変わらずの仏頂面をした冬獅郎が私を見下ろしていた。

「…セクハラ」
「うるせえ」

手についた土を払っていると、冬獅郎の手が背中を撫でた。

「…冷てえ」

背中を撫でた手を見つめながら冬獅郎が呟く。そっと、地面の上に寝ている雪に触れてみる。確かに、冷たかった。

「お前、ずっとここに居たのか?」
「ずっとじゃないよ」
「背中、雪積もってたぞ」
「そうなんだ」

溶ける前に、私の体温を奪っていった雪は、冬獅郎の手で払い落とされて土の上に溶けていった。背中に積もるくらい、この場に佇んでいたのだと思うとさっきまでは感じなかった寒さに体が震えた。寒い。手のひらに降りた雪は、冷たかった。さっきまでは、すぐに溶けていってしまったのに、今度はひんやりとした感覚を生んで、手のひらには水滴を残してきえていった。

「冬獅郎」
「なんだ」
「雪、綺麗だね」

立ち上がって、目の前に冬獅郎を映す。さっき寒いと言って見つめていた手を握ると、雪と同じくらいその手は冷たくて吃驚した。

「冷たい」
「莫迦。お前が冷たいんだよ」

そう言って、やんわりと握られた手を解いた冬獅郎の手が私の頬に触れる。一瞬だけ、冷たさが広がってどんどん温かさが流れ込んでくるみたいに伝わってきた。冬獅郎の温度は、雪のように溶けないといいな。

「あんまり、雪の中に居るな」
「どうして?」
「お前、消えそうなんだよ」
「え…?」
「雪と一緒に溶けちまうんじゃねーかって、」
「そんなことないよ」
「俺にはそう見えた」

消えるな、そう冬獅郎がまっすぐ目を見ながら言う。強い口調だった。瞳は不安そうに揺れたけどそれも一瞬だった。


「冬獅郎の方が、消えちゃいそうだよ。雪みたいに真っ白で、いつか何も残さないで消えちゃいそう」

そんなことないと否定した冬獅郎に、そうだねと肯定を示した。自分で言っておいてなんだけど、冬獅郎は雪じゃないし、溶けない。冬獅郎は、消えないね。温かくなればいずれ雪は溶ける。温かくなっても冬獅郎はきっと溶けない。春も夏も秋も冬もずっとずっと、一緒に居る。私の願望に過ぎないんだけど。雪のようには消えないで溶けないで、ずっとずっとここに居て。私の隣で綺麗に笑ってたらいいのに。

雪は綺麗、雪は散ったら溶ける。でも、包み込む雪の中に2人で立ってると、なんだか永遠なんてものを信じてみたくなる。





ハピバひっつん/誰花