ちまちま | ナノ
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帰るぞ、と笑顔でブン太は言う。何でそこまで、笑顔なのか不思議。ずっと一緒だった私にもよくわからない。疲れてても笑えるブン太。私は疲れてる時に笑えない。誰かに優しくできる自信もない。前に「ブン太はすごいね」って言ったこともあった。その時彼はいつもの笑顔で「すごくさせてんのはお前だろぃ」って言ってた。じゃあ私がいなかったらブン太は優しくなくなっちゃうのかなって思ったらとても悲しくなった。まあそんなの小さい頃の話で、今そういう話をしたらきっと私は嬉しくなると思う。ブン太の特別は今でも自分なんだって思う。ブン太は横暴でわがままで食いしん坊なジャイアンだけど、お兄ちゃんみたいな優しさを持ってる。

「仁王もいるけど、悪いな」
「おいおい、そんな言い方ないじゃろ」
「仁王今日も頭寒そうだねー」
「俺の頭がはげてるみたいに言うな」
「真っ白で寒そうねー」
「仁王の頭にだけ雪降ってるわ」
「俺の頭が汚いみたいな言い方すんな」

ブン太が、コートを背中にかけてくれたので、腕に裾を通すと、ブン太がコートのボタンをとめてくれる。小さい頃からの、ブン太の行動。小さかった私はそれが普通なんだと思ってた。いつだったか忘れたけど、「お姫様みたいだね」って言われたことがあった。その時は、お姫様かぁなんてうっとりしていたんだけど、実はそれが皮肉なんだと気付いたのはそれから暫くたったあとだった。

「ブンちゃんも過保護やのう」
「あ? 別にそんなんじゃねーよ」

私を挟んで二人が会話を始める。確かに、ブン太は過保護なのかもしれない。王子様と呼ぶには少々優しすぎて、お兄ちゃんと呼ぶには近すぎて、ただの幼馴染と割り切るのもなんだか遠い。ブン太は、過保護な幼馴染と私の中で認識されていた。幼馴染だから過保護なのか、ブン太が私を放っておかない理由がわからなかった。

「だって、コイツちゃんと見てねーと危なそうじゃん」
「あー、だから丸井はそんな過保護になったんか」
「だから過保護じゃねえって」
「ブン太色々私に失礼だね」

私だって、ブン太がいなくたって何でもできる歳だもん。ブン太がいなくたって私は大丈夫だよ。コートのボタンもちゃんととめられる、学校だって一人で帰れる、朝だって一人で起きられるし、寝る前のおやすみを聞かなくても寝れる。私がブン太なしで生きられないなんてことはない。そんなことはない、はず。
じゃあ、ブン太の場合は? 私がいなくなったら、ブン太はどうなるんだろう。
コートのボタンをとめることもしない、帰りは仁王や別の人と帰れる、朝だって起こす相手がいない、寝る前のおやすみをわざわざ言いに行くこともない。ブン太はどうして私に優しくするんだろう。私がいなかったらブン太はもっと自由になれるのに。私がしっかりしてないから? 私、じゅうぶんしっかりしてるよ。
ブン太はもっと私を見たほうがいいね、私だっていつまでも子供じゃないんだから。

そうやって強がってみたって、私がブン太の隣を離れることなんてないんだろうけど。ブン太が私から離れるなんて、考えられない。それは私がしっかりしてないからいえることなんじゃないだろうか。このままブン太に甘えていれば、私はブン太を離すことをしない。離したくないのは、ブン太が幼馴染だから? 私に都合がいいから? それとも、好きだから?
そこまで考えて、ブン太も私が好きなんじゃないかって結論に至った。まあどうだっていいけど。ブン太が隣で笑ってて、私もそれに満足してる。だから今のままでいいと思うし、きっとブン太だって一緒。

ぼんやり、二人の会話をきいてたら、いつのまにか駅だった。仁王とはここでお別れ。バイバイと手を振ったその手をそのまま下げて、すぐ隣にあるブン太の手をそっと、握ってみた。ブン太はそれを驚きもせずに、振り払うこともせずに、ただ黙って握り返してくれた。

「どうした?」
「いつも、私ブン太にまもってもらってばっかだね」
「はあ?」
「ブン太ってほんと過保護なんじゃない」
「そう思うんならお前もちっとしっかりしたら?」
「いやだよ」
「なんで」
「そしたらブン太、離れちゃうじゃん」
「はは、お前ってほんと」



女の子なんて結局最後はみんな愛されたがり

美咲さん/にやり