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理科の課題で使う図鑑が見つからない。図鑑コーナーに足を進めて、上から下までずらーっと、目を通してみる。やっぱりどこにも植物図鑑はなかった。おかしいなあ、絶対あるはずなのに。 「ないよー」 困った。実に困った。これは困った。パートナーの遠山くんは多分‥‥(ものすごく失礼だけど)使えないし。仕方がないので、図書委員の人に聞いてこよう。ものっっすっごっく、いやだけど。いや、嫌じゃないけど。嫌じゃないけど! 今日の図書委員の当番の人がなんとなく怖いよぉ。いつものお姉さんはどこ行ったんだろう。なんで今日に限って違う人が当番なんてしてるんだろう。ピアスだし、無愛想そうだし、図書室で堂々とヘッドフォン着けて音楽聴いてるっぽいし、話しかけたらにらまれそうだよ。睨まれるどころか怒られたらどうしよう。でも、でもでも、今日借りて明後日までにレポート終わらせないと先生に怒られちゃうし、遠山くんにも迷惑が‥‥! やっぱりここは私が行くしかないのか。 図書委員(ピアスじゃらじゃらで音楽ガンガン)の先輩におそるおそる声をかける。や、やば、声震えた。ていうか音楽ガンガンにかけてそうなのに、あんな小さい声で聞こえたかな。だらだらと緊張から汗が背中を伝ったような気がした。実際そこまで汗かいてないんだけど、なんかそんな感じがした。 「あ、あのっ‥‥‥」 「‥‥‥なん」 「あ、しょ、植物図鑑を探してるんですが」 私の呼びかけに、すぐにお兄さんは気付いてくれて、睨まれることも怒られることもなく「植物図鑑‥‥」と呟いてから考える素振りを見せた。よ、よかったいい人そうだよー! 「図鑑のコーナーにあらへんかった?」 「な、なかったです」 「あー、せや、あの人が持ってったんやった」 頭をぼりぼりかきながらだるそうにお兄さんが呟いた。やややっや、やっぱ怖いよー! いい人みたいだけどやっぱ怖いよー! ピアスじゃらじゃらだよー! あれかな、リストバンドの下には刺青とか入ってるのかな! 怖いよー! 「‥‥おい」 「はははい!」 「図鑑見つからんかったくらいで泣くなや」 「え、」 はあ、とお兄さんが小さく溜息を吐いた。その溜息にも私の体は素直に反応して、肩が跳ねた。図鑑が見つからなくて泣きそうなのも本当だけど、お兄さんに対しての恐怖心からくる涙です、なんて口がさけても言えない。ていうかいつの間にか涙目だよ自分! 「す、すみません」 「別に謝らんでもええけど」 私から視線を外して、席を立ったお兄さんが「ちょお、付いて来い」と私に手招きする。 え、え、なに? 何? ドキドキを胸に、ハテナマークを頭に浮かべながらお兄さんの後を付いていく。 「部長」 「ん?」 お兄さんが足を止めた先には、新聞部(確かテニス部と兼部してるんだっけ)の白石先輩がいた。白石先輩の手元には植物図鑑が広げられている。思わず、あ、と声を出しそうになった。なんだ、白石先輩が持ち出してたんだ。 「なんや財前、暇やからって仕事放り出したらアカンやろ」 意地悪そうに笑う白石先輩に、財前と呼ばれたお兄さんは露骨に眉を顰めて嫌そうな顔を作った。 「仕事中っすわ」 そう言って、財前さん(?)は勝手に白石先輩の前に広げられていた図鑑をひったくってパタンと閉じてしまった。ええええ、ちょ、えええ、え、ええんですか! 白石先輩が図鑑を必要としてるなら私は全然構いませんのでええええ! 白石先輩は 「あ」、と短く声を出してびっくりしたという表情を作って見せた。ほんとすみませんすみませんごめんなさいいいい! あたふたする私とは裏腹に財前さんは落ち着き払った様子で、「コイツが必要みたいなんで、しゃーないスわ」とさっきの白石先輩の5倍くらい意地悪い顔を先輩に向けた。ここここ怖いよー!やっぱり怖いー! 「ああ、せやったんか。すまんなあ」 「い、いえ! こっちこそすみません」 「構へん構へん、どうせこの人 図鑑の内容なん全部覚えとるんやから」 「え?」 優しく笑った白石先輩に、がばっと頭を下げれば、財前さんが気に食わなそうに呟いた。図鑑の内容全部? 「まあ、全部とちゃうけど‥‥大体覚えてんで」 はは、と爽やかオーラを纏いながら笑う先輩に、恋愛感情とは別でドキっとした。ほんまええ人なんやなあ。優しい! まさに王子様だ! 「ほな、俺はオサムちゃんのお笑い講座にでも参加してくるわ」 しっかり仕事するんやでー、そう財前さんに残して白石先輩は図書室を出て行ってしまった。 そういえば財前さんは、白石先輩の事を『部長』と呼んでいたような‥‥‥財前さんもテニス部なんかな。 「自分、名前は?」 「みょうじ おなまえです」 「せや、言っとくけど」 「はい?」 「図鑑は貸し出しでけへんで」 「え!」 図鑑って貸し出し出来ないんですか?! 困った。新たな問題が発生してしまった。貸し出し出来ない‥‥となると、今日中に内容を纏めないと間に合わない。あう。一人でやるのは大変だよお。今更ながら部活に行ってしまった遠山くんを恨みたくなった。もー、勝手に部活行っちゃうしさ!、なんて遠山くんにあたってもしょうがないんだけど。 「今日やらなアカンことなん?」 「あ、明日までに終わらせないと、」 「‥‥それ、理科?」 それ、と指された先は私の手元にある理科のノート。 「あ、はい」 「レポート課題なん?」 「それから、ポスター作らないと‥‥」 いけなくて、最後は小さい声になってしまった。下校時間までもう少しだし、今日中に終わらせられるかな。終わんなかったらどうしよう! 彼は一瞬考えて、「ちょお、ノート見して」と図鑑を持ってない方の手で、私の手の中にあったノートをさらって行った。 パラパラとページを捲っていって、ページの間に挟まっていたプリントがひらりと床に落ちる。私が拾う前に、財前さんがそのプリントを拾って、「これ、中見てええ?」と確認してきたので「どうぞ」と返す。開いてから、「ふーん」とつまらなそうに吐き出した。確かあのプリントには、今回の課題の内容が書かれていたはず。 ノートを返される。それから財前さんは黙ってカウンターまで戻って行ってしまった。図鑑を持ったまま。え、えええええ! ちょ、あの人さっきから意味わかんないです! 怖い人じゃないのはなんとなくわかったけど、何考えてるのかさっぱりわかんない! 「みょうじさん、やっけ。手伝ったるわ」 ふあ、と欠伸しながら図鑑を勝手にカウンターに広げて、財前さんは椅子にどっかり座った。て、手伝うって財前さんが私の宿題を? ええええええ?! な、何で! 「え、でも、そんな悪いですし、」 「どーせ、今日は誰もおらんし。暇なんや」 頬杖を付きながら、もう片方の手でシャーペンを握った財前さんが、「そこ座り、」と促す。流されるままその辺の椅子を引っ張って財前さんの隣に座る。 「あ、の、財前先輩‥‥ほんとにいいんですか?」 「自分、1年やろ? 復習みたいなもんやしええよ」 「でも、やっぱ」 「自分しつこいな。今から一人でやっても下校時間までに終わらへんやろ、そしたら俺も残らなあかんし」 そう言って、課題の内容が書かれたプリントと図鑑を見比べながら財前さんが筆を滑らせる。 「そこの、こっからここ、書いとき」 「あ、はい」 財前さんの指が図鑑の右下を指す。そこに書かれている文章をノートに写していく。なんだか財前さんに手伝ってもらってるというより、やってもらっちゃってる気がするんだけど。すごく心苦しい。申し訳ないです。盗み見るように財前さんの顔を見ると、すっごく退屈そうな、というかだるそうな顔をしながら図鑑を見ていた。こんなにやる気なさそうなのに、彼の指示は的確っていうか、すごく教え方が上手い。わかりやすい。頭いいんだなあ。人って見かけによらない。そんな失礼な考えに至った私に、「これで、最後やな」と言って図鑑の左上の文から下までの文章に下線を引いていく。ああああ、学校の本なのに! 図書委員なのに! 「思ったより早く終わったわ」 ふう、と溜息をついた財前さんに「ありがとうございます!」、と頭を下げる。深々と。 「ん」 と返事をした財前さんが、そろそろ下校時間やからはよ仕度し、と促す。時計を見るともう7時を過ぎるところだった。うわあ、2時間もかかっちゃったよ‥‥! 「あの、ほんとに、今日はありがとうございました!」 「ええて」 「えと、お、お礼させてください!」 「は?」 「手伝ってもらったままなのも悪いですし‥‥お礼したいんですけど、あの、」 「別にええんやけどそんな‥‥‥まあ、せやな」 首にかけたヘッドフォンに手をやりながら考え始める財前さんに、今日話したのが最後になるのは嫌だな、なんて思った。明日も、明後日も、話してみたい、なんて、思った。お礼をしたいのは本当だけど、口実が欲しいだけなのかもしれない。 「来週、またここに来てくれん?」 「‥え‥‥?」 「来週また当番やねん」 「はあ、」 「また相手したってや」 そう言って笑った財前さんは、私の答えを聞く前にヘッドフォンを装着して背中を向けた。 これからも宜しくお願いします 鳥丸さん/蜥蜴 |