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「見すぎ」 「あ、うん、ごめん」 生返事をした彼女の目は未だに吃驚しました、と言ってるみたいに見開かれたままだった。大きな目がさらに大きくなっている。不覚にもそんな表情が可愛いなんて思ったりもした。そういえば、彼女がこの部屋にきてからどれくらい時間がたっただろう。随分前だった気がする。その間俺は彼女をほったらかしにしていたと思うと申し訳ない気持ちになってくる。それにしても、彼女はなんのために俺の部屋に? 部屋にきて、ほったらかしにされて、何も言わない。大事な用があったのとは違うようだけど。彼女の大きな目が俺を捉える。彼女の瞳に映った俺の顔は、なんとなくやつれていた。そういえば最近寝てないな。寝ないで文字ばかりを目で追っていた気がする。どんだけ活字中毒だ。彼女がぽかんとした顔で俺を見た、そこでようやく数日分の眠気が出てきたように、背中から疲れがどっと押し寄せた。 「ラビ、クマ出来てる」 「ああ、うん。寝てない」 「すごいよ」 「うん」 「すごい不細工」 「失礼さ」 未だにぽかんとした顔をしてる彼女が、淡々と声を出す。彼女の声を聞くとどうも疲れが出てくる。それは彼女を相手にしていて疲れる、というのじゃなくて。彼女の声を聞くと安心するって意味で。張り詰めていたものが切れるように、疲れが出てくる。安心して眠りにつけるような、彼女の柔らかくて優しいトーンが心地いい。 彼女が、抱えていたぬいぐるみを退けて、四つん這いになりながら俺に近づく。ベッドを背にしていた俺のところまで来るなり、そいつは 「そろそろ寝ないと、倒れちゃうよ」といつものトーンで告げた。 「ああ。これ読んだら、寝るさ」 そう言って彼女に数枚の新聞紙を見せる。とたんに彼女の眉間に皺が寄った。む、っとした顔で俺を見る。話が大幅にそれてしまったが、結局彼女は何しにここに来たんだろう。まあべつにいいけど。居て邪魔になるようなことはないし、寧ろ雑誌や新聞の方が邪魔だと思う。山のように積み上げては、何かの拍子になだれの様に崩れ落ちた雑誌たちは今もそのまま放置されている。そろそろ何とかしないと足の踏み場がない。もう既に床が見えるところがほとんどないのだ。 「ラビ」 「ん、」 再度、ベッドに背を向けて新聞の記事を追っていく。 「ラビ」 「なに」 「寝ないの?」 「これ読んでから」 唇を尖がらせて不服そうに彼女が問う。子供をあやすように優しく声をかけて、ベッドに頭を預けて俺を上目遣いで見てる彼女の髪をなでる。さらさらで長い髪がベッドから流れて床をかすった。あ、これ以上乱したら貞子みたいさ。 床まで伸びた髪がゆらゆら揺れる。もう一度彼女の髪を撫でて、床まで垂れている髪を梳いてから新聞に目を向けた。気持ちよさそうにしていた彼女がとたんに不機嫌な表情になるのを感じながら、次のページを捲る。 「ねえ、ラビ」 「んー?」 「ラビ」 「なに」 「ラビ」 「ん、」 「ラビ」 「‥‥‥」 「ラビラビラビラビラビラビラビラビ」 「なんっ、だよ」 壊れたように、俺の名前を呼ぶ彼女に、立ち上がって若干大声で答える。彼女は、また壊れたように俺の名を呼び続けた。 「ラビラビラビラビラビラビラビラビ」 「ちょ、ごめ、なに」 「ラビラビラビラビラビラビラビラビ」 「だー、もー!わかった、構ってやるから、」 「ラビラビラビラビラビラビラブラビ」 「は」 「ラビラビラビラビラビラビラビラビ」 あれ、なんか俺の名前に混じってなんかきこえた気がするんだけど、気のせい? ラブとか聞こえたと思うんだけど気のせい? 俺の耳がおかしくなったと…つーか幻聴? 彼女の顔が、赤くなってるのも気のせいか? 「んなワケないさ」 未だに俺の名前を繰り返しているその口を俺の口でふさいでやった。ラビラビと喋っている最中だったからきっと深く入ったと思う。刹那さらに顔を染めた彼女が、最後に一度だけ「ラビ」と呟く。彼女の声はいつもと変わらず穏やかに、俺の心の中に浸透して行くように響いた。彼女が嬉しそうに笑う。つられるようにして俺も笑った。ちゅ、と可愛らしい音を響かせてほっぺにキスを落とせば彼女がくすぐったそうな声で、俺の名前を呼んだ。 「なに?」 「そろそろおやすみ、しない?」 いつの間にか彼女の手には、今まで俺が読んでいた新聞と、これから読もうとしていた雑誌たちが握られていた。 これでどう作業を続ければいいというのだろうか。彼女がさりげなく混ぜた言葉のせいで、思考はずべて彼女に持っていかれて集中なんて出来そうもなかった。 「添い寝します?」 「ううん。私まで寝ちゃったら、ラビ逃げるから寝ない」 「俺のこと見張ってるつもりさ?」 「うん。狙ってます」 「え、」 |