ちまちま | ナノ
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何かあったわけじゃない。寧ろ何もなかった。暇を持て余していたんだ。何もないからこそ、暇だったからこそ、色々と考えられるもの…なのかもしれない。あれこれと思考を巡らせていると私はある事に気付いて、何だか嬉しくなって笑みをこぼした。いつの間にか、私の思考の中心は土方さんになっていた。溢れる気持ち、暖かい想い。けれど、暖かい気持ちが長くは続かなくて。一人の時間が長いほど考えて行く、土方さんが私を埋め尽くしていく。彼を中心に考えていたはずなのに、どこかミツバさんが軸のような考えにまで陥ってしまった。別にミツバさんが悪いわけでも、嫌いなわけでもなかった。寧ろ尊敬してたし……羨ましかった。土方さんとミツバさん、2人が私の中でめぐる。2人の関係が私の中を駆け巡って行く。掻き乱す。醜い感情が、暖かかった心を冷やしていった。私は、キタナイ。
深読みしちゃいけなかったんだ。そしたら、自己嫌悪に陥るまで追い詰める事もなかった。自分のせいなのに。土方さんを巻き込んでしまう。こんな自分が嫌で、土方さんに見られたくなくて。それよりも、見れなくて。避けるようになった。ミツバさんを想う気持ちは純に、尊敬のはずだったのに。何処かで妬んでいる自分が、どうしようもなく惨めで情けない。バカじゃないのか私は。ミツバさんになんてなれやしない。土方さんの大切だった女性になんて…なれたはずがないのに。消えてしまいたいと願った。一番になりたいなんて思ってしまう自分の感情に叱咤を打って今まで我慢してきた…なんて思ってない。思ってない。ホント、馬鹿だな。土方さんの声がした。大馬鹿者だ、私は。


「オイ」
思い出す度にちらつく大きなヒト。土方さんの顔を見るたびに思い出すミツバさん。

「聞こえてんだろ。無視すんじゃねぇ」
「ひじ、かた…さ」
「入るぞ」

部屋の前に土方さんがいる。てかいつの間に入ってきたんだろ? 返事も待たずに土方さんが一歩一歩部屋の中へと足を進める。ききたかった声、恋焦がれた、土方さんが、私の前にいる…。なんだか恥ずかしくなって、頭を抱え自分の膝に預けた。

「なんか、あったか」

胡坐をかいて座った土方さんに問われる。なにかあったといえばあったし、なにもないといえばない。

「なにもないです」
「なら何で俺を避ける?」
「‥‥‥‥」

土方さんの声が、耳に入ってきて、頭の中に木霊している様だった。優しい声が響く、けれどその声はどこか寂しそう。どうやったらこの気持ちを伝えられる? この気持ちを打ち明けてもいいの? 何か、何か、言わないと。もっと土方さんに迷惑をかけてしまう。困らせてしまう。

「何も、なかったんです」
「で?」
「‥‥‥‥」

続きを促してくる土方さんに言葉を濁した。いい言葉が見つからない。どう言ったら、どこから言えばいいのかわからない。嫌われたくないばかりに、自分を偽ろうとしている私に気付く。滑稽だ。なんて面倒な女なんだろう。

「いろいろ、考えちゃったんです」
「何を」
「…土方さんの、ことです」

チラリと盗み見た時の土方さんの目は驚きに開かれていた。すぐにいつも通りに戻ったけど。今すぐその腕の中に閉じ込められたいと不謹慎な事を頭から拭って次の言葉を捜す事に専念する。落ち着け、自分。

「私が、土方さんの側にいていいのかな、とか‥」
「‥‥何をバカなこと、」
「バカじゃないです! だって、土方さんは…まだ、っ」

バカ、バカバカ、言うな。出すな。まだ―――ミツバさんを想ってる、なんて…言っちゃいけない。伸びてきた土方さんの右手を、私に触れるところで振り払う。乱暴に。払われた事に驚いたのか、さっきより長い時間目を見開く土方さん。ああ、ごめんなさい。そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。ぎゅ、と目を瞑った。何か悟った土方さんが悲しそうな目で払われた右手を見ながら言った。

「‥‥ミツバか」

更に目を硬く瞑る。今すぐここから逃げたい。

「それで、不安になった、とか」
「‥‥‥‥」

確認できるかできないかくらい曖昧に頷く。少しでも頭が動けば彼はきっと肯定と取るだろう。認めてしまえば、後はただ恐怖に身を置くだけだ。土方さんの視線が私のつむじ辺りに突き刺さる。痛い。目を瞑る力を抜くと、目じりに涙が溜まっていた。膝が、濡れた。

「…お前が、」

ゆっくりと、顔を上げる。土方さんを真正面から見る勇気は、まだない。けど、俯いたままでもいられなかった。彼の本心を、私が否定することは出来なくて、真っ向から受け止める勇気もなかったけど、精一杯の強がりで土方さんの視線を捉える。

「お前が…ミツバを忘れろと望むなら、俺は、」
「わ、忘れて欲しいわけじゃないんです!」

土方さんの言葉を自分の声で遮る。切なげに目を細めた土方さんに、やっぱり苦しくなった。あまり、土方さんの前でミツバさんの話をしたくない、ききたくない。きくたびに、自分の存在が薄れるようで怖かった。だから、先の言葉を最後まで言わせなかった。土方さんが言わんとしていることがよそう出来てしまったから。遮ったその後の言葉は絶対に、言わせてはいけないと、わかってるから。
忘れないで欲しいと願う気持ちも確かにある。傍から見れば‥‥ミツバさんから思えば、私は、彼女から土方さんを奪ってしまったんだ。それなのに、私が土方さんにミツバさんを忘れろなんて言えるはずがない。そんな権利なんて、ない。土方さんがミツバさんを忘れるなんて、そんなの悲しすぎる。ミツバさんを土方さんには忘れないでいて欲しい。

「‥‥私は、ミツバさんを想う土方さんも好きだから、っ‥だから、」

声が震える。土方さんに真っ直ぐ届くだろうか。涙で顔がぐしゃぐしゃの不細工だ。言葉もまとまらない。気持ちだってまだまだぐちゃぐちゃのままで、心の引き出しからものが溢れてて、閉じられない状態だった。

「こんな気持ち、わからないけどっ…ミツバさんを想ってていいんです、」

拳を握る。一度唇を噛んで、気持ちを落ち着かせる。引き出しのどの部分に適切な言葉があるのかわからないけど、手探りで言葉を探していく。ひとつの、引き出しから、何かを掴んだ気がした。それが何だったのか私もわからない。

「私を、好きでいてくれる土方さんがいてくれれば、それで」

いいんです、消え入りそうな声で言って 俯く。そうだ、私を好きと言ってくれる土方さんがいれば。心から愛してくれる土方さんがいてくれれば、他に望むものなんてないのに。それで充分なのに。それでいいのに。私は、見返りを求めてしまった。

「ミツバは、確かに大切だよ」

本人から直接きくとやはり胸が痛んだ。ききたくない、けど、私はきかなくちゃいけないんだ。

「でもな、お前は俺にとっての大切で特別な女なんだよ」

わかってんのかテメーは、ちょっとだけ怒ったように言った土方さんにバカみたいに頷いて見せた。何度も何度も頷いた。土方さんは安堵したように微笑んで、「鼻水垂れてる」、とハンカチで拭ってくれた。

「だからお前がアイツを忘れろってんなら俺は忘れる事を望むし、それ程にお前を俺に縛りつけときてーんだ」

漏れそうになる嗚咽と情けなく垂れてくる鼻水を我慢して唇を噛み締める。土方さんから受け取ったハンカチを握りしめた。私って、欲張り。こんなに嬉しいことを直接きかされてるのに、どうして不安に思うんだろう。どうして、不安は生まれてしまうんだろう。

「ひ、じがた…さ、ん…」

さっきは、振り払ってしまった右手を、私から包みこむようにして両手で掴む。それを彼は振り払う事もなく受け入れてくれる。その優しさが嬉しくて、また涙が出た。このままじゃ、土方さんの手が私の涙で濡れてしまう。

「‥ごめんなさい‥‥」

土方さんに謝ったつもりなのに、ミツバさんに向けられたような気がした。私の事ならいくらだって恨んでいい、

「大好き、」

だから、土方さんを好きなままでいさせてください。ミツバさんへのお願い。最大級のエゴで願う。絶対に、彼に後悔させるようなことはしない。側にいられるだけでいいから。貴女のように大切に想うのとは違ってくると思うけれど、好きなままでいさせてください。神に祈るようにミツバさんへ願う。どうか、どうか恨むのは私だけで、土方さんのことは想い続けてくれたら嬉しい。

土方さんの開いてる左手が私の頬に振れる。

「好きでいて、いいんですか?」
「ああ、」
「めんどくさい女ですよ‥‥」
「困るくれーがいいんだよ、お前は」

ふわりと、だけどきつく抱きしめられる。いつもよりなんだかヤニ臭い土方さんに、苦笑いが漏れた。痛いくらいに抱きしめられているけど全然苦しくない。いつの間にか土方さんの右手は自由になっている。土方さんの左手が後頭部に、右手が背中に回されていた。おずおずと自分の腕を背中に回して応えれば、首筋辺りに土方さんの溜息が降りてきた。

「また、拒絶されたらどうしようかと思ったじゃねーか」

一度、髪を梳かれる。自然と視線が絡まって、逸らせない。ずっと目を合わせてると恥ずかしくなってきて(ただでさえボロボロなのにこれ以上見られると、おかしくなりそう)、咄嗟に俯けばそれを面白がってるのか、気に喰わなかったのか噛みつくようなキスをされる。ちょっと乱暴だけど優しいキス1つで私の不安も思考もシャットアウトだ。

「好きだ」
迷いのない、声に 瞳に 私も真っ直ぐに応える。



彼女の笑みが浮かぶ
彼女に「ありがとう」を言うのはずるいでしょうか?