ちまちま | ナノ
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「あ、あのー失礼ですがあなたは…」
「俺ですかィ?沖田総悟っていいやす。」

にこり、効果音が付きそうなほど爽やかに、物腰柔らかく笑った彼は沖田という名らしい。
見ればわかる、真選組。トレードマークの隊服を着こなす彼を私は何度か確かに見たことがあった。それは街中だったり新聞の記事だったりニュースだったりとまちまちではあるが、確かに顔は知っていた。沖田…噂では斬り込み隊長だとか…。そんな彼が今どうして私を前に微笑んでいるのだろう。しかも私に。ここ重要。街で何度かすれ違った事はあったが、まさか顔を覚えてくれてるなんて思っていなかったので、声を掛けられたときは心臓が飛び跳ねた。その勢いで口から出るかと本気で思ったものだ。喉元くらいで留めたが。

街中で「ちょっといいですかィ」なんて目の前で止められたらどうしようもなかった。慌てふてめきながら「は、はい?」 と冷や汗を流しながら返したした。彼の職は見れば誰でも分かる…警察だから。警察に声を掛けられてドキリとしない肝の据わった人間がいるだろうか。小心者な私は何か自分は罪を犯してしまったのだろうかと自分の中の記憶を辿れるところまで辿ってみた。が、捕まるような事は何もしていない。強いてあげるなら、ノーヘルの二ケツだろうか。小心者の自分が大それた犯罪なんて出来るわけがないと冷静になって考えてみればわかることだった。

ドキドキしながら相手の言葉を待った。「そこの団子屋で話でも」と有無を言わさず手を取られ引きずられるようにして入ったのだ。彼の目的が解らないまま私は今までの事を思い返してみた。だが解らない。何故私は彼と一緒に団子を食べているのだろう。もう一度考えてみよう。私と彼は街中で数回すれ違っただけであって、知り合いでもなければ声を掛けたりなんてのもしたことがない。なのに私は今彼と向き合っているのだ。何故だ。

「アンタよく俺と街ですれちがいやすよねぇ」

団子に視線を伏せながら彼は言った。私の顔を覚えていたのか。ちょっと嬉しいような怖いような。沖田と名乗った彼はその整った顔で私を見ながらもう一度笑った、普通の女ならこの笑みでイチコロだろう。

「俺、アンタとすれ違うたびに思ってたんでィ」
「は、はぁ…」
「どうやら俺ァ、アンタに惚れちまってるみてーだ」

ケロッと言ってのけた彼に私はあんぐり口を開けた。整った顔の彼と比べたら月とすっぽんだ。だがそんな事今はどうだっていい。私に、惚れてる?それはつまり…

「好き」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「え、でも、私達 話した事も…」
「今向かい合って話してるじゃねーか」
「そうですけど、でも、あの」

困ります。そう告げると彼はどうしてと訊いてきた。だって困るでしょ。私が訊きたいです。どうして私なんかを。こう言っては悲しいが、私は顔も並だし、いやどちらかというと並のちょっと上かな。それにスタイルもそこまでいいってわけじゃない。彼はそんな私の何処に魅力を感じてくれたのだろう。彼ほどの容姿で地位もあれば私じゃなくても他にいくらでもいい人がいると思うのに。そう言えば彼は笑みを崩して、好きに容姿もスタイルも関係ねーよ。と真面目な顔をして言うものだから思わず顔がほてった。そして思わずキュンときた。

「俺はアンタが好きだ。付き合ってくれ」

率直に述べられた言葉は素直に嬉しかった。だが、彼と直接話したのは数分前の出来事。これが、本当の出会いだったとも言える。でも、数分間ではあるが、僅かながら彼に興味を持った…かもしれない。真剣に思いを伝えてくれた彼に気持ち半分な私が応えてもいいのだろうか。出来ればもう少し彼を知ってから答えを出したいというのが私の思うところである。とりあえず今はお友達から始めよう作戦でいこう。この件は保留ということで。仲良くなるにはまずお友達からってね。

「その件については…まだ、その…」

心の準備が出来てない。その旨を伝えた直後、私達の目の前にあったテーブルが真っ二つに分かれた。綺麗に。半分に、すっぱりと。イッツ アメージング。目玉が飛び出て落ちるかと思った。いやそれはグロテスクだ。ていうか真っ二つ…!
遠くの方で店員さんが慌てている。お客の目も釘付けだ。切断されたテーブルの半分が床に衝突し音を立てたと同時に、私は「不束者ですがよろしくおねがいします!!!」、深々と頭を下げた。テーブルに額をぶつけた。痛かった。



今にも泣き出しそうな弱々しい声の私とは正反対に、目の前の沖田総悟は嬉しそうに目を細め刀を鞘に収めた。

(こんな始まりもいいかもしれない。たまには)(そういえば、私まだ名乗ってない)
本当に…彼は私の何処に惚れたんだろう。謎だ。