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きたか。あいつが俺を必要としてるという事が嬉しくて、小さく口元に笑みを浮かべた。だけどそれはほんの一瞬で、あの声からして内容は容易に想像が付いた。これから俺はあいつの口から吐き出される聞きたくもない言葉を聞かされ、相槌を打ち、よかったな、とか心にもない言葉をあいつに送るんだ。予想できてしまう事に胸が苦しくなった。 「今度は何だ」 「聞いてよ聞いてよ!」 始まった、と頭が理解すると同時に俺は静かに今からこいつが嬉々として語る話をどう解釈しようかと考える体制に入った。心を静めるとでも言うのか。気に入らないこいつの話の中心の奴に対する怒りも、悲しみも全て抑えるんだよ。俺は随分と前にこの技を習得した。 日々の慣れというものは恐ろしい。 「今日ね、登校途中にさあ、会っちゃったわけよ!」 興奮気味に早口で言うその顔はなんとも嬉しそうだった。この時のこいつの顔はほんとに、心を痛めつける。なんで俺がお前の惚気話なんか聞いてやらなきゃいけないんだ。どうして俺なんだよ。なんでよりによってお前を好きな俺に言うんだ。彼女はとても残酷だと思った。俺のことなんて何一つわかってないんだ。無神経な奴。気づけよバカ。俺はお前が好きなんだよ。どうしてお前は他の男なんかを見てやがる。平行な恋愛なんてないんだ。不公平だ。 「それで?」 「目が合ったんだ!ね、すごくない? なんかこうキュンときちゃってさあー」 「よかったな」 「やっぱ好きだなーって思ったんだよね」 ホラ。ここ。ここだよ。本当に好きそうな顔してる。堪らなく嫌だ。堪らない。全身が拒絶する。視界にだってもう入れられない。好きだって全身で伝えてるこいつにどうしろって言うんだよ。その好きは俺へじゃないのか。だから、爆発しそうなくらいに憎悪が走る、全身に。 「一日幸せだよねぇ。今めっちゃ幸せー」 「お前はいつでも楽しそうでいいな」 「恋って楽しいねぇ」 「そうか…?」 俺は全然楽しくない。 「日吉も恋してみたらわかるよ。あ、でも恋したら…えー!」 「何を想像した」 恋ならもうしてる。うんざりだ。お前のせいだよ。何も知らないで楽しいだと。お前は見てるだけで幸せなのかもしれない。些細な事で浮かれられるのかもしれない。でも俺はそんなんで幸せになったり出来ないんだよ。浮かれられてもそれは一瞬で、拒絶されるんだよ。現実が俺を呼び戻すんだ。見てるだけなんて、そんなに俺は安上がりな奴じゃない。触れたいんだよ。お前に。1日何回聞かされるんだろう。そう思うと無性に恐ろしかった。俺はまだ平気か、とか自分に問いたくなる。こんな自分が酷く滑稽で、溜息が出た。 「日吉日吉ひーよーしー!」 また来た。この声の高さからして…またか、と肩を落す。最近そんなのばっかりだな。 「どうしたんだよ」 「さっきさ、廊下で!教科書拾ってもらっちゃったよ!」 「お前はほんと幸せそうでいいな」 「わあああもうどうしたらいいの!」 「知るかよ」 「日吉冷たいー!そんなとこがまた好きだけどー」 思わず。こいつの脳天に拳骨をかましたくなった。 俺だってお前が落とした教科書拾ってやったじゃないか。なんで、なんで俺にはそんな風に幸せそうに笑ったりしないんだ、お前は。無性に、むかつく。ムカつくイライラする。なんで俺が悩んでやらなきゃいけないんだ。どうしたらあの人に好きになってもらえる? 知るかそんなもん。どうしたらお前は俺を好きになるんだ。俺だってわからない。考えてみろ。笑いながら、俺にアドバイスを求めてくるあいつがたまに、ほんとにたまに、嫌だった。なんで俺が。どうして俺が。お前が好きな男のために考えてやらなきゃいけない? 勘弁してくれ。 「いい加減にしろよ」 「は、」 「お前は見てるだけで構わないのかもしれない。だからってそれでいいってわけじゃないだろ」 人間には限界という物がある。 俺はまだ耐えられるか? 答えは無理だな。つい最近思うようになった事がある。皮肉なもので、認めたくはないんだが。俺はこいつが好きだった。それは好きというだけでなくて、恋するこいつが好きというオプションつきだった。その恋する相手ってのが俺じゃないのが気に入らないだけ。気に喰わないだけ。俺以外という事実にイラ付いてるだけ。だけど、恋してるこいつは好き。まるで天邪鬼だと思う。欲張りだとも、思う。 「何もしないで騒いでるお前を見てると虫唾が走る」 「な…ん、」 「お前がそうしてる事で俺がどう思ってるかなんて知らないくせに」 「急になんなの」 「なんなの、はこっちの台詞じゃないのか。なんなんだお前は。キャーキャー騒いでるだけで幸せそうな顔しやがってムカつくんだよ」 「むかつ…!」 「そんなに好きなら告白なりなんなりすればいいじゃないか。そんではっきりしてもらわないと困るんだよ」 「なんで日吉が困るの」 「迷惑なんだよ、隣で騒がれるのが。それくらい解れよバカ」 「…う………」 「それにな、俺だって廊下で会ったりしたら声かけるし、委員会で遅くなった時は送ってやったし、お前が悩んでた時だって相談に乗ってやった、次期部長に決まった時だってお前に真っ先に伝えた、体育でバスケやった時も俺が最初にゴール決めて、…さっきだって、お前が落とした教科書拾ってやった、し………ちょっと待て」 「………はい」 そこまで言って片手で口元を押さえる。ちょっと待て。おかしい、待て。どういう事だ。 「もしかして、お前の好きな奴って…俺、か?」 自意識過剰、かもしれない。だけど、思えばこいつが話していた中心の人物の行動はどれも全て、俺に当てはまるものなんじゃないのか。該当する人物って俺? こいつが話していた意中の男ってつまり、それは、俺で、…なんだそういう事。目の前で耳まで赤くなってるこいつをみて確信めいた物が生まれる。暫くすると小さく頷いて「…そうです…」と小さい声で認めた。 決まりだな。 「俺はお前が好きなんだよ、」 「私だって日吉が好きだもん」 一見それは器用に見えてそれはすごくすごく、 不器用な方法 (日吉に挑戦してみたかったのだけれど悲惨な結果に終わりました。ごめんね日吉) |