ちまちま | ナノ
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「ねえちょっと」
「な、なに?」

同じクラスのみょうじは、俺の席までくるなり、ぎろりと睨んできた。勿論俺の周りには誰もいないので睨まれているのは他でもない俺なんだけど。え、俺なんかこいつにしたっけ?

「あたし次当たるんだけど、ノート貸してくれない?」
「なんで俺が」
「は、や、く」
「ど、どうぞ‥‥」

バンバンと机を叩きながら促すコイツに、俺は素直に机の中からノートを取り出した。それをみょうじはひょいと俺の手からひったくると、ぱらぱらと目的のページへとノートを捲った。奴の眉間にはどんどん皺が寄っていく。俺は一刻も早くこいつがこの場から離れてくれることを全身で祈った。たとえば、今ここで幸村君が登場してくれないかな、とか。

「‥‥‥‥‥」
「まだ何か用?」

ノートを持ったまま立ち尽くすこいつに痺れを切らして声をかけたらノートの角で脳天を叩かれた。勢いあまって俺の額は机と激しいキスをすることとなった。コツンなんてレベルじゃねーぞこれ、ゴッツンレベルだぜこれ。マジいてえんだけど。なんて理不尽なのコイツ! ノート貸してやったってのに、普通無言で殴るか?! 横暴だ、真田以上に横暴だ!

「いっつ‥、ってーな! 何すん、」
「あんた字、汚すぎ! 読めない!」
「ああ? それくらいで殴るかよ!」
「殴るわよ!」
「殴んねーよ!」

さすがの俺も切れてつい大声を出してしまった。それでもこいつには全然きかなくて、寧ろこの場の温度が上がった。一つ一つ丁寧に俺のダメなとこを挙げながらバシバシとノートで頭を叩いてきやがった。

「ご、ごめんね、丸井くん! せっかくノート貸してもらったのに‥‥」
「はあ?」
「でも、やっぱり悪いから仁王くんに借りるね!」
「‥‥‥は?」

急にしおらしくなったみょうじは、俺にノートを手渡してきた。
その背後から「やあブン太」、部長の声が響いた。その途端真っ赤になる。俺じゃなくて、みょうじの顔が。「じゃ、じゃあ私席に戻るね、」、「ああ、うん」
さっきまでのおっそろしい顔をどこかにしまって、急に女の子らしく笑いながらみょうじは俺に手を振った。はあ? 何こいつ、幸村君が来た途端可愛くなりやがって気持ち悪いんですけど! そんな考えが伝わってしまったのか、後ろにいる幸村君に気付かれないようにみょうじは、あのおっそろしい顔を引っ張り出してこっそり左手の中指を立てた。口パクで、『ころすぞ』と言ったのが見えた。お、お、う、お、って口が動いただけだからなんて言ったのかなんてわかんねーけど、絶対これはあれだ、悪いことを言ったに違いない。絶対、ころすって言った!

「お邪魔しちゃったかな?」
「え、あ、えっと、」

幸村君に話しかけられて、また顔を赤くしながら言葉を濁らせる。おいおいさっきまでの威勢はどこ行ったんだよ。これが俺や仁王とかだったら間違いなく「邪魔に決まってんでしょ? 見てわかんなさいよ。ほんっと空気読めなのね、あんたって」なんて口走った挙句、でっけー溜息つくはずだ。何この差。

「いや、もう終わったとこ」
「そう、なら良かった」
「じゃ、じゃあ幸村くんも、丸井くんもまたね!」
「うん。あ、みょうじさん」
「な、なに?」
「中指、ちゃんと隠さないとダメだよ?」
「へっ?!」

笑顔の幸村君に対して、真っ青になったみょうじは、何故か俺の顔面にノートを叩きつけて教室を飛び出して行った。

「みょうじさんって可愛いよね」
「………どこが?」



Fの真相
Fucking or Falling love


紫姫さん/アメジスト少年