ちまちま | ナノ
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財前光という人物は、とてもいい加減でめんどくさがりで口の悪い生意気小僧だ、と私は思う。
授業中は寝てるし、教室に居ない時だってあるし、休み時間はヘッドフォン装備で一人黙々と自分の世界に入るし、その両耳にはいくつもピアスが装着されている。それだけでとても怖い人そうなのに、女の子達はクールだなんのと騒ぎ立ててはしきりにかっこいいなどと言っている。顔がいいというのは、多少の無愛想、わがまま、その他もろもろがクールに変換され美化してしまう。なんて理不尽。人のこと見下すような発言だって、毒舌キャラだよね、ってプラスにされてしまう。おかしいだろう。毒舌キャラってなんだよ。毒舌じゃん、普通にかっこよくないじゃん。なんで騒げるの。口悪いだけじゃん。生意気じゃん。生意気なところがまたいいとか言うけど生意気だよ? すっごくむかつくじゃん。
彼女達の思考は財前光という存在によって破壊されていた。だけど、私は違う。彼によって思考回路を破壊させたりしない。むしろ私が彼女達を救ってみせる、そんな意気込みさえ持っていた。

はっきり言ってやろう。私はお前のようないい加減な人間は嫌いだ、と。私はお前に思考を破壊させはしないと。ピアスは校則違反なんだ、と。風紀委員の名にかけて言ってやる。そう決めて、早速私は行動を起こした。
財前光を呼び出したのだ。風紀委員の腕章を纏って。彼はやはり気だるそうに両手をポッケに入れて、大きなヘッドフォンを装着してやってきた。

「なんや、」
と彼が声を出す。呼び出したのが私だとわかると、彼はいささか驚いたような顔をして、私の名前を読んだ。ひどく困惑しているようだった。ふん、私が告白でもするのかと思ってるのだろう。その間逆だ、財前光! 私は風紀委員の名にかけて、はっきりとお前を嫌っている、その生意気な態度が気に食わない。と言ってやるのだ。私の暴走ともとれる行動はもはや誰にも止められない。

「私は、財前光に言いたいことがある」
「せやから呼び出したんやろ、はよ言えや」

私は一歩財前に歩み寄る。彼は怪訝そうな顔で私を重視していた。

「私は、」
「あ、ちょお止ま、」

財前が慌てたように私に声をかけた。それを気に留めることも無く、私の足は前に進む。彼の制止は最後まで紡がれることはなく、私の体は前に傾いて地面とご対面するはめとなった。べしゃり、そんな効果音がきこえた。痛い。水まき用のホースが足に絡まっていた。どうやら水まきの後だったようで地面が湿っている。制服に泥がついた。うぐぐ。敵を前になんたる失態!

「わた、私は、財前光に、言いたい、ことがある‥っ!」

顔に付いた泥を拭うついでに、出てきた涙も拭った。財前はあちゃーという顔をしながらその場に立っていた。

「た、助けてくださいっ、‥‥あっ、う」

手のひらがジンジンと痛んだ。足首も痛い。くじいたかもしれない。そんなボロボロの私に、財前はおかしそうに顔を歪めて笑った。クールだの生意気だのと騒がれている財前が声を出して笑っている。あの、財前が、笑っている。まるで別人のようだ。

「く、くくっ、あ、はははっ」

財前の笑い声が長引くのに比例して、私の視界はみるみる内に歪んでいった。大粒の涙が湿った大地に落ちた時にようやく財前の笑い声が消えた。泣いてることに気付くやいなや彼は慌てて飛んできた。

「ちょ、大丈夫か」
「い、て、手のひらいたい」
「おま、ちょお泣くなや」
「わた、私、財前が嫌いです」
「はあ? なんやねん急に」

腕を掴まれて、立たされる。足首がずきりと痛んだ。任務を遂行すべくとりあえず口にはしてみたけど、こんな姿じゃ説得力もかっこうもつかない。恥ずかしい。

「おい、大丈夫か」
「………」
「泣かんで」

腕や、肩についた泥を払って、足に絡まったホースをどかしてくれた。未だに涙がとまらずにだんまりしてる私に、ハンカチを差し出してきた財前に、こんなやつ死ねばいいと思った。嘘。頭の中のメモ帳に書かれた文字を黒く塗りつぶした。



なんだ、結構いいやつじゃん。


/アメジスト少年