×
「あつううううい!」 「余計暑くなるから暑い言うな!」 「とけるうううう!」 「俺だって溶けそうだっつーの!」 黒板の文字を写していたノートとシャーペンを放り投げて、ぐでー、と机にうなだれる。下敷きで顔を仰ぐ丸井が、私に当たってくるよー! もわっとした教室の中じゃ、いくら仰いだって生ぬるい風しか生まれない。それがまたイライラしてくる。こう、ひゅー、みたいな風がほしい。ひゅー、って感じの北風が。 「きーたかぁぜー、こぞおーの」 「かーんたろー」 「丸井今音外したね」 「暑くて調子でねえ」 「かんたろうこないかなあ」 「こねえだろうなあ」 「夢がないね、丸井」 「暑さで調子でねえ」 「何でも暑さのせいにすんなよ」 私の隣の机の、向かいの席にいた丸井が、私の隣の席の机に上半身を預けた。ちなみに私の隣は仁王だったりする。あれ、そういえば仁王はどこ行ったんだろう? 一番暑いのダメなのに外に行っちゃったのかな。いやいや、この炎天下の中奴が進んで外に出るわけないな。ないない。 「仁王どこ行ったの?」 「溶けたんじゃねー?」 机から顔を上げずに丸井が言う。机ひんやりー、なんて情けない声を出してる丸井の方が溶けちゃいそうだよ。頭をなでるつもりで触れた丸井の頭は汗でびっちょりぬれていた。 「きもっ!」 「暑いよー」 「暑いって言っちゃいけないんじゃなかったの?」 「太陽マジふざけんなマジお前ちょっとマジ」 「マジマジうっさいよ」 「太陽マジこれやばいマジ溶けそうなんですけど」 「太陽のせいにするんじゃありません」 「いーけないたいーよーおおおおおおお」 「さあ一滴残らずどうぞいぇいいぇーい」 「いや曲違うし」 無理やりテンションを向上させようと努力してみたけど、すぐに力尽きる。暑い。マジ暑い。何でみんな夏が来る前は大はしゃぎするくせに、夏が続くにつれ鬱陶しく思うんだろう。まあ何日も暑い日がこうも続いちゃあ仕方ないけど。スイカ割りに花火に祭り、プールや海といった夏のイベントもやり尽くしちゃえばあとはただ夏が過ぎるのを待つだけ。待ってる間の夏の気温はひどくイライラする。夏休みも過ぎちゃったし、学校はクーラーついてないし暑いし、蒸し暑いし。丸井は汗だくで気持ち悪いし、お菓子の匂いプンプンするし、気持ち悪いし。 「おい」 「なに」 「俺のどこが気持ち悪いって?」 「え、何でわかったの?」 「口に出してたぞ」 「マジで、どこから」 「蒸し暑いし、ってとこから」 「なんだ最後じゃん」 「俺のどこが気持ち悪いんだよ。イケメンだろ」 「おいそこのイケメン、暑苦しいぞ」 「暑苦しいのは太陽だっつの」 二人して顔を机にぴったりとつけながら会話する。目の前には丸井の顔。なんかこの図気持ち悪いな。丸井気持ち悪い。あ、また言っちゃった。 「丸井の汗だくな顔見てるともっと暑くなってくる」 「何、輝く汗にときめき覚えて動悸が、なに?」 「丸井さ、暑さで耳までやられちゃったの‥‥」 可哀想に、と同情してやれば 「俺にもときめきをください」とか意味不明なことをほざきだした。 「勝手にときめいてなさいよ。自分に。ほんっと丸井暑苦しいな」 「そうじゃなくてさあ、お前女子じゃん」 「花も恥らう乙女ですが」 「ブラ透けてるとこ見さして」 「溶けて死んでしまえ。液体になってしまえ」 「冗談だし。お前のなんか見ても何も感じねーよ」 「死んで」 「マジやばい俺死にそう。溶ける」 「わーい。大賛成!」 「やっぱお前が先に溶けろ」 「丸井だけ溶ければいいよ」 「いやお前だけ溶けてろよ」 「丸井だけ溶けてください」 「お前が溶けてください」 溶けろ溶けろ言い合っていたら、丸井が噛んでいたグリーンアップル味のガムがポロリと口から出されて机と密着してしまった。 「あ」 「やだ丸井やだ、汚い」 「あー、最後の一個‥」 「最悪丸井もうやだ、それ仁王の机じゃんどうすんの」 「仁王の机より俺のガムの方が心配なんだけど」 「どんだけガム優先」 「地球温暖化より」 「うっわーさいてー」 「冗談だろぃ」 「かんたろうこないかなあ」 「きぃーたかぜぇー‥‥あああ、だめだ喉死んでる」 「かんたろー!」 出来る限りで叫んでみた。普通に喋ってる時の音量となんら変わらなかった。マジ暑い。ジメジメしてて気持ち悪い。丸井みたい。ていうか目の前のガム気持ち悪いんだけど。仁王かわいそー 「かんたろう君の登場でーす」 「は?」 「あ、仁王だ」 私の後ろにいつの間にか仁王が立っていた。お前今までどこ行ってたんだよ、丸井に訊かれた仁王は嬉しそうに、「アイス買ってきたなり」とスーパーカップを片手に笑った。ええええ、なにこれー。仁王が爽やかに見える。スーパーカップ恐るべし。 「一口ちょーだい」 「ん、」 「あーん」 「仁王、俺にも俺にも」 「えー、ブンちゃんにあーんとかやるのやだ」 「やっぱ丸井気持ち悪いよ」 「あーん」 「だからやらんて」 「じゃあスプーンかして、自分でやる」 「丸井の一口はでかいんじゃ」 「三口分はあるよねー」 「つーかこれほとんど残ってねえじゃん!」 「ここ来るまで食ってきた」 ほとんど空のカップを舐めるように隅々までスプーンでアイスを掬う丸井を見ながら、やっぱ一口じゃないじゃんと思う私なのであった。丸井ばっかずるいよー。 「仁王、丸井残り全部一人で食べちゃったよ」 「ん」 仁王の指先が頬に伸びる。アイスのカップをずっと持っていたせいか、仁王の指先は驚くほどひんやりしてて、気持ちよかった。 「仁王の指冷たい、きもちー」 「お前さんの顔熱いんじゃけど」 「だって暑いんだもん。溶けそう」 「ほれ、お前さんの分」 「え、買ってきてくれたの? 仁王超優しいね! ありがとう大好き」 「俺もそう思う。もっと褒めて」 「仁王最高だよ、どっかのブタさんとは違って」 「ブタさんは欲張りじゃからのー。食い意地張っちゃってまあ」 「だからブタさんなのよねー」 仁王が、ガサガサとスーパーの袋を漁り、新しいスーパーカップを取り出して、それを私にくれた。やったー! スプーンを受け取ってすばやくふたを開ける。ふたについたアイスをかき集めて口に運ぶと、甘いバニラの味が口いっぱいに広がった。幸せー生き返るー! にまにましながらアイスを食べてたら仁王に頭をなでられる。さっきよりも温かくなった仁王の指先が、ちょっとだけ寂しかった。 「つーか、俺の机の上にある、それは」 「丸井が喋ってるときに落としたガム」 「汚っ!」 「でしょ」 「わざとじゃない。あれは事故だ。ところで俺のアイスは?」 「お前の分はもうない」 袋からまたまた取り出したアイスを丸井にちらつかせながら仁王がふたを開ける。丸井の分まで買ってきてたんだ。仁王って何気に気が利く。ふっ、丸井もバカだなあ。 「ああああ! 俺のアイスー!」 「俺のじゃ」 「あれ、仁王のチョコ?」 「ん、一口食うか?」 「うん!」 「俺にも分けてくださーい!」 丸井が本気で涙目になりながら頼み込んできたので、仕方なしに、仁王と私のアイスの半分、の半分を空になったカップに入れてやった。 「あー、うっめー!生き返るわ」 青いあおい空を見たら やっぱりまだまだ夏だなあ、なんて。涼しくなるのはまだまだ先になりそうだ。 /nya |