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子供は親を選べない。親の方もそれは同じで生まれてくる子供を選べない。性別も性格も選べない。この世界に完璧と絶対なんてものはなくて、すべては欠陥品のようなもので不完全な物が多い。この世に完璧な親なんていないんだ。けれど、あの人が自分の親だったらよかったという願望はある。私にとっての完璧は、確かにあった。けれどそれはたんなる私の思いで実際は私の完璧とはほど遠い人達が親なのだ。両親の事情なんて知らないけど、私は、自分の親を“親”としては見れないし、親としても人間としても尊敬の念を抱けないのだ。 他人の都合に振り回されるのはもううんざりだ。親のせいで私自身が窮屈な思いをするのはもうたくさんだ。離婚したいなら勝手にすればいい、再婚するならすればいい、私には関係ない。だって離婚も再婚もするのは私じゃない。だけど、そうは思っても、実際は私自身に大きく関わってくるのだ。親の気持ちを尊重してあげた私ばかりが、窮屈だ。あの人達のそばにいると息苦しくて、気持ちを出せなくて、ただ苦しくて嫌になる。すべてが、嫌になる。自分の事、周りの事、世界が…嫌になる。なにも出来ない自分が歯がゆくて悔しい。 どうしてあんな人達のもとに生まれてしまったんだろうと、考えてしまう。 どうして私ばかりが苦しまなくちゃいけないんだろうと、悲観してしまう。 人間はみな平等だ、幸せも不幸も同じ分だけ振り分けられている…世界を平等に捉える人がいるがそれは間違いだ。それは、捉える側が幸せであって、そうであるから言えることで、実際に苦しんでいる側だっていることを教えてやりたい。 平等? まさか。平等だったなら私はもっと幸せだと思えた。平等なら私だってもっと笑えるはず。でも同情されるだけなんていやだから誰かに打ち明けるなんてことはしない。話せる、と思える友人も私は持っていない。ほら、平等なんて嘘でしょう? もしも、私が苦しいと人に打ち明けたとしよう。でも期待に応えてくれる人なんていないのだ。話して、軽く慰められて、ちょっと同情されて、気まずくなる。誰も助けてなんてくれない。助け方もわからない。私自身助かる方法なんて思いつかない。 苦しいから楽になりたい。辛いから楽になりたい。苦しいから幸せになりたい。一人だから寂しい。独りだから、諦める。 浮かぶ文字は『死』 死んだら何もない。幸せもない。だけど、苦しみもない。楽しくないけど、辛い思いはもうしない。面倒くさいことを一々考えて悩まなくていい。くだらない事につき合わされることもない。茶番を、終わらせてしまおう。死にたいとは思わないけど、生きたいとも思えないから。だったら死んでもそれはそれで悔いは残らないんじゃないかな。きっと私がいなくなっても世界は廻るし、誰も悲しんだりしないし、私のかわりなんていくらでもいるだろう。 さようなら 心の中で唱えてみる。不思議と心が落ち着いていくようだ。思い浮かぶものは、何もない。誰も浮かばない。それは、とても悲しい事なのかもしれない。 ――― カチカチ …カチ…… カチカチ… カチ 微かに、怖いと思った。机に落ちるカッターの刃の影が私の手首に重なる。数秒後の私の姿だ。それでも、誰も浮かんでこないし後悔の波が私を引きとめることもなかった。 ――― プツ 軽く切った手首から赤い液体が滲む。 ああ、私は生きてる。それはとても嬉しくて、それ以上に悲しいことだった。感情が、どこかに逃げてしまったようだ。悲しいと嬉しいしかわからなくなってる。嬉しいという感情が、悲しいという感情に酷似しているとこの時初めて知った。もう、悲しいしかわからない。嬉しいの意味がわからない、感じられない。そうだ、悲しいんだ。私は、悲しい子。 悲しい しか、わからないから、痛みも何も感じない。痛みさえわからなくなってる。麻痺してしまっている。悲しいという感情は麻酔薬なのかもしれない。刃を引けば、ぱたぱたと血溜りが机に出来る。この赤は、悲しい色。悲しい、悲しい。悲しいから、悲しい。 これで本当に死ねるのかな、なんて――― カッターを握る手に力が篭る。血が出てる、そう思ったのに 「何してんだよ」 横から、カッターを握った右手と血が出ていたはずの左手首を誰かの手が掴んだ。 傷を覆い隠すようにつかんだ誰かの手が、震えている。血のように赤い髪に、初めて怖いと思った。切れた手首が今になって痛みを帯びる。痛い、それから…熱い。ジンジンと痛んではジワジワと熱い。――― 怖い 「丸井‥‥?」 「何してんだ、って言ってんの聞こえる?」 ぐ、と更に力を込められて圧迫された手首から力が抜けてカッターが床に滑り落ちた。 「死にたいの?」 「…死にたいわけじゃ……」 ない、けれど生きていたくもない。それは死にたいということなのだろうか? 突如現れた丸井が溜息をつく。私は、息をするだけで苦しいよ。呼吸の仕方を忘れてしまったんじゃないかと錯覚しちゃうくらいに、息を吐くのも難しい。息を吸えない。灰まで、届いてくれない。 「こえーよ、お前。死ぬなんて、怖いから」 なんで私じゃない丸井が怖いの。なんで私じゃない丸井が震えてるの。まるで自分のことのように口にした丸井は感情が麻痺してないんだ。丸井は、悲しい以外の感情をたくさん知ってる。 ―― それって、幸せ? ぼうっとそんなことを考えている間に丸井は自分の鞄からタオルを取り出して、不器用に私の手首に巻いていく。捕まれていた手が、痛い。 悲しい以外の感情が痛い、なんてそれも悲しく思えて来る。やっぱり、私は悲しいしか知らない。丸井の手が、私の血で真っ赤になってる。赤い、赤、真っ赤だ。丸井の髪の毛と違ってその赤はとても醜い。悲しいくらいに、醜くて泣きたくなった。 「保健室行こうぜ」 「…………」 黙ってる私の答えもきかずに丸井がわざと左手を掴んで歩き出す。左手が痛い。まるで、丸井が怒ってるみたいだと思えて、痛いなんて丸井には言えなかった。 「保健医いねえじゃん!」 「ねえ、丸井」 「んだよ。っと、ほーたい包帯…あ、消毒しなきゃな」 「どうして止めたの。どうして、」 「どうしてって、お前……」 消毒液を傷口にぶっ掛けられる。丸井は消毒の仕方を間違えている。丸井は手当てが下手だ。ヒリヒリと染みる液体に顔が引きつる。丸井の手当ては痛い。 「それが、人間ってもんだからじゃねえの」 くさい事を言う奴だと思った。かっこつけられても困る。私は死ぬはずだったのに丸井が止めたんだ。もっと明確な理由がなくちゃ、困るんだ。 「人として当然じゃん。それに目の前で死なれるとかこえーよ。トラウマ決定だろ」 不器用に包帯を巻いてる丸井が「そうゆうの胸くそわりぃしさ、やっぱ」真剣に言うものだから、何も言葉が浮かばない。自分を責める言葉しか、浮かんでこない。悲しい、じゃなくてそれ以外の感情が生まれた。 「何で、こんな事した?」 「…………」 「話くらい聞くけど」 「きいて、どうするの」 「え?」 「どうしてくれるの?」 「どうって……」 「人に話しただけでどうにかなるわけじゃないのに」 「…………」 お喋りだった丸井が黙ってしまった。今度は私がお喋りになる。丸井を責める言葉と自分を嘆く言葉ばかり。 もし丸井があの場に居合わせなくて、止めなかったら私は怖さも痛みも知らずに悲しみだけ感じながら死ねただろうか。何も、抱かないまま死んでしまえただろうか。私は、まだ生きている。悲しみはちっとも消えないかわりに、痛みばかりが増えてしまった。 「確かに、お前が何に苦しんでるとか、聞ける立場じゃないかもしんねーけどさ」 「………」 「もうちょっとさ、頑張ったら。誰もいねえとか思ったら俺がいてやっからさ」 「何それ。くさすぎてムカつく」 「まあ聞けって。俺らまだ15じゃん? 俺まだ14なんだけど」 「…これからなんて、言われても…困るよ」 「これからだろ。俺らまだまだ若いし。よかったな、止めてやったのが俺で」 「意味わかんない、ばかな事ばっか言う」 「きっと変わるって、絶対」 丸井に言われて初めてああ、怖かったなと思える事が出来たのでもう少し頑張ろうとは思ったけれど、私はまだまだ素直になれないらしい。だって生きることを頑張る理由がないし、生きれないならそれでもいいという考えも捨てられない。丸井の手の震えが止まったらそんな考えも少しは変わるだろうか 「頼むから、もうあんな事すんなよ。折角俺が止めたんだからな、俺の立場考えてよ」 丸井には悪いが、不思議と楽しいと思えて笑った。 流れる涙とひきかえに得たものは、 情 (周りに悩み苦しむのは逆にいえば、感受性が豊かだということ) 何がしたいんだ/joy |