ちまちま | ナノ
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私は跡部景吾が苦手です。それ以上に嫌いです。
跡部様とちやほやされて笑っている彼が憎らしくて仕方ありません。どうすればよいのでしょう。人から注目を浴びては偉そうに笑い、騒がれている彼が嫌いです。わざと挑発するような言動と行動、自分が一番だと疑わないその精神も全て信じられません。人を見下したようなあの目も苦手です。家柄も顔も頭も運動神経もいい彼だけど性格は最悪です。最低です!あそこまで自分に自信を持てる彼が苦手です。正直彼は日本人じゃないと思います!寧ろ地球外生物でいいんじゃないでしょうか!
こんなに嫌で仕方ない彼からのあの言葉は私を激しく揺さぶりました。だからだから、あの言葉を聞いた時の私といったら、私といったら…本当に、首を締められてる時みたいに苦しくて、本当に本当に、死ぬかと思いました!あれはきっと押さえきれないほどの怒りのせいだったんです。殺してしまおうかと考えてしまったくらいに、憎らしい顔で憎らしい言葉を吐き出した跡部君に私はただただ拳を握って我慢する事しか出来ませんでした。
何度も何度も跡部君の言葉が繰り返されます。頭の中に何度も何度も。呪いの呪文のように、私を縛り付けるかの如く彼の声が頭の中を離れません。ありえない!

「お前は俺が好きだろう」

脳内が爆発寸前でした。(はあ?逆よ逆!頭おかしいんじゃない?!)口には出さないものの、頭の中には彼に対する暴言でいっぱいになっていました。顔が熱くなるのが自分でもわかりました。

「お、女の子がみんな跡部君を好きだと思うの、よくないよ」

本当は、その自意識過剰なおらないの?と言いたくなったのを必死におさえてやんわりと否定してみました。裏を返せば遠回りに言いたい事を吐き出してしまったのですが、私以外にはわからないので気にしない事にします。嫌な顔を隠さないまま怪訝の目を向けているのに、目の前の跡部君は喉でクックッと笑うのでした。そんなお見通しといっているような顔も、見透かしているような笑い方もみんなみんな嫌いです。
跡部君なんて苦手です嫌いです大嫌い。好きなんてありえません。彼はこんな私のどこを見てあんな事を言ったのでしょう。理解できません。おかしいです、跡部君は変です。頭のネジが数本緩んでいるか飛んでってしまったのでしょうか。
俺が嫌いか、と跡部君が口元に弧を描いたままきいてくるのでついかっとなって頷いてしまいました。今のはちょっと、自分でも失礼だと思います。正直過ぎました。なんだか更に気まずくなって俯いて誤魔化してみました。それでも跡部君には全てお見通しのようで(そんなところがまた嫌いなのです)なおも平然とした口調で続けます。寧ろ今の私の一言を楽しむような感じです。嫌な人です!

「お前は、俺を好きになるよ」
「な…っ…!」

向けられたら女の子が卒倒しそうなくらいキレイな笑みを浮かべてそう言ったのでした。穏やかな声音が鼓膜をつき抜けて、全身をかけめぐっているようでぞわっと体が震えるのを感じました。跡部スマイルに屈する私ではありません。ぜんっぜん跡部スマイルも跡部ボイスも利きません。ときめきなんて微塵も感じてないし、むしろ吐き気に襲われました。どうせ、色んな女の子に向けてるんです。
跡部君なんて信用できません。信用なんてしちゃいけません。声も言動も行動も瞳も信じちゃだめ。彼は、自分を隠す事に、人を見抜く事に長けている。ちょっとでも心を許したならば囚われて離れられなくなってしまう。思わずその綺麗な顔に拳を喰らわせようとしてしまいました。今の発言は勘弁なりません!
落ち着け自分。1発でも食らわせようものなら(跡部ファンから)100倍で返ってくる事間違いありません。

「これは予言だ。お前は、俺を…好きになる」
「そんなわけないじゃない!」

暗示のように囁く彼の声から耳を塞ぎたくなりました。跡部君の話術にはまる前に何か言わなくてはと、思わず声を荒げた私に彼はまた笑って一歩私に近づいた。ぞくりと背筋が凍る。

「何故か教えてやるよ、特別にな」

特別というフレーズにドキっとしてしまったのは仕方ないと思う事にしました。生涯の秘密です。人間はどうしてタダと特別って言葉に弱いのでしょうか?
跡部スマイル(プラス ボイス)が利かない私でも、この言葉には例外なく反応してしまいました。表には絶対に出しませんけど。出したら終わりだと思って良いでしょう。
自己嫌悪している間に、彼がすぐ目の前まで来ていました。どうして今まで彼から目を離していたのでしょう。

自分の失態を悔いる間も与えずに、彼はスムーズな動作で傅いて片手を差し出してきました。何が起こっているのか頭で処理できないままで、口が開いたり閉じたりする私をよそに彼は私の片手を持ちあげながら仰ったのです。

「俺が、お前を好きだからだよ」


ちゅっという軽いリップ音が捕まれた手の甲に響いたとき私の中にはちゅどーんという爆発音が響いておりました。


恋なんて認めない!
(嫌いと好きは紙一重というでしょう?)(どうすればいい、って? 好きになるしかないじゃない!)