×
彼の視線はテニスコートに向けられていて、「ああ」と納得した。汗を流しながら、テニスの試合をする後輩に触発されたみたいだ。テニスがしたいなら、すればいい。ラケットもボールも、宍戸のテニスバッグに入っている。テニスバッグだって、宍戸の机の横に置いてある。躊躇う理由も、出来ないこともない…じとっとした目を向けながらそう言うと、宍戸は言葉を濁した。何も言わない代わりに、頬杖をついたまま溜息を宍戸が吐き出す。つられるように私の口からも溜息が漏れた。重なった溜息は放課後の教室に静かに溶け込んでいく。放課後の、教室に、男女が2人…。別にアレなことは一切ない。一応言っとこう。因みにアレとはアレだ、アハンイヤン的な、こう色っぽい展開的な。強いて言うなら私達はクラスメートで、強いて言わなくてもクラスメートでしかなかった。他の男子よりもちょっと仲がよかったのが私にとっての宍戸だった。 何気なく外を見ると、テニスコートの端にレギュラーと準レギュラー達が一箇所に集まっているのが見えた。宍戸が目を細めた。何を思って細めたのかはわからない。差し込んできた夕日が眩しかったのか、光景を懐かしんでいるのか。部員が集まっている、そこに指示を出しているのは跡部じゃなく、日吉君だった。その様が、跡部とダブって見えた。新しいテニス部がそこに広がっている。もう、以前のテニス部じゃない。 跡部がいない、宍戸もいない、忍足君も向日も、ジロー君もいない。3年生は、あの中にもういない。記憶の話じゃなくて、あの場の話。テニスコートの話。日吉君が、今の部長で、3年生はとっくに引退してる。 だから、宍戸がテニスコートにいないのは当たり前。だけど、テニスしてる宍戸を急に見たくなった。懐かしむにははやいけれど、それくらい宍戸がテニス部でテニスをしてるのが当たり前すぎた。宍戸の切なさが私に流れ込んだみたいだ。そういえば私は、テニスをしている宍戸ばかり見ていた気がする。 今、目の前に座ってる宍戸を見るとなんだか不思議な気分だ。私は私で、宍戸と駄弁るのは楽しくて好きなんだけど。私と話しているよりきっとテニスをしてる方がずっと楽しいんだろうなあ、って思うと無性に、切なくなった。私だけが楽しくて、この空間が好きで、…一方通行なんじゃないかと思うと無性に、寂しかった。 「あー、テニスしてー」 2度目の呟きが聞こえた。飽きもせずによく見てられるよなあ。彼はどうやら今までテニスコートばかり見ていたらしい。少しむっとして、弁慶の泣き所を思い切り蹴ってやった。宍戸がくぐもった声をあげ、すねを両手で押さえた。「いきなり何すんだお前は!」 そう叫んだ宍戸は、涙目だった。私のモヤモヤはまだ晴れない。 「だから、すればいいじゃん。テニス」 「すればってお前…できねーじゃねーか」 「えー、なんでよ」 「今は日吉の代だぜ?日吉がこれから作ってくんだよ」 そこに俺らが行ってみろ、邪魔にしかなんねえよ。そう言って、涙目の宍戸は肩を竦めた。切な目に、控えめに言った宍戸はなんだかとても情けなく見えた。ごめん。だって、世界が狭すぎる。少年よ大志を抱け、という言葉が浮かんできた。いやいや大志を抱けって話じゃないんですけどね。 口に出しそうなのを喉で止めて、言葉を浮かべる。けれどやっぱりテニスしたけりゃすればいい、それしか出なかった。私の頭が弱いわけじゃない…と思う。だって、したければすればいいし、出来ないわけじゃない。ベストアンサーじゃないか。 「テニスって、氷帝でしかできなかったかな」 「は?」 「ラケットとボールがあれば出来るもんだと思ってたけど…」 「そりゃ、そうだけどよ」 「部活だけがテニスだと思ってんの?」 「そういうわけじゃ」 「部活だけが強くなる道じゃあないですよ宍戸君」 確か先日、向日が体がなまるとこぼしていた気がする。そこに忍足君がアドバイスを出していたような。なんだったかなあ。ようは向日と宍戸の悩みは同じだったってことだ。なら忍足のアドバイスを受け売りしてしまえばいい。忍足君なんかありがとう! 「ストリートテニス?だったっけかな、そこでテニスできんじゃん、相手いんじゃん、よくね?私天才じゃない?」 「あー、いわれてみれば。お前ってたまに頭いいな」 「元々ですがなにか?」 「…それさえなきゃな」 「向日もね、テニスしたいって、よく行ってるみたいだよ」 「岳人が?」 意外だったとでもいうように目を丸くしながらきいてくる。 「うん。それに比べて…宍戸行動力ないねー」 からかうように言えば「うっせえ!」と赤い顔して叫び返してきた。うん、まあさっきよりはマシな顔になったよ。いつのまにか涙目宍戸は消えていた。 「宍戸、もしかしてダブルスパートナーの、鳳君だっけ、に…甘えてた?」 「…ばっ!ちげえ!」 「2年生なんでしょ、あの子?宍戸君なさけねー!後輩に頼ってんじゃねーよ」 「ちっげーつってんだろ!話をきけテメーは!」 「ていうか私にはめっちゃ甘えてるよね。やぁねぇ亮君 甘えん坊〜」 「うるせえってんだよ!お、おれが、だな」 「なんだ」 「俺が甘えてーのはお前だけだっつーのボケ!好きだ!ボケ!ボケ!」 「いや、急に男らしくなられてもさあ…つうか宍戸がボケてどうする」 「テニスが、好きだっ!」 「好きってそっちかよ!」 「お前も、好きだっ!」 「私も、好き、だっ!」 「え、マジで…?」「………マジ」 見てんじゃねーよ 神田さん/ぷぷぷ。 |