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髪を切った、その心理も理由も私は理解できていない。ただ、わかってるのは、氷帝の敗北のみ。跡部が、負けた。皆が、悔し涙を流していた。跡部こそ何も言わなかったけれど、泣いてもいなかったけれど、悔しかったんだ。誰よりも、部長として、キングとして、跡部景吾として、敗北という言葉が、悔しかったんだ。悔しかった。ただその一言だけを私は理解した。悔しかったよ、みんな。私だって、優勝が氷帝だったらよかったよ。それでも、思いは誰にも負けなかったとしても。負けてしまったんだ。敗北が何を意味しただろうか。敗北という言葉は彼に何を与えただろうか。 放課後…私達3年生は、部活を引退してる頃。跡部達はまだ…テニス部の部室へと足を運んでいた。跡部は乗り気じゃなかった。それでも、テニス部に向かうのは、元部長としての役目からだろう。彼の背中には、抱えきれないくらいの、大きな、ものがある。彼はそれを背負ってるんだ。まだ、背負ってる。テニス部も生徒会も、彼はもう引退してるのに、まだ背負ってる。私は考えてみた。跡部景吾という人間を。私がしてあげられることなんて何もない。氷帝の勝利以外に跡部が望む物はないんだ。それでも、考えた。優勝できなかったのは…どうしてか。現実を考えれば力不足だった。相手の学校の方がウチよりも強かった。 現実を見ればそうなんだ。事実だ。決して彼等の努力が不足していたわけじゃない。彼等に実力がなかったんじゃない。強かった。それだけだ。跡部の上にいく強さが、勝った。それだけ。跡部景吾の“存在”を考えてみた。悔しいの一言で片付けてしまった愚かさを理解した。浅ましい。跡部を理解できないなんて嘘だよ。跡部という存在を考えてみれば彼を“理解”とまではいかなくても“解る”くらいの事は出来たはずだ。跡部景吾の存在は、誰にも越えられやしないと思った。それは、願いに近かった。彼は、200人もの期待を、それ以上のものを、背負っていた。氷帝のキングとして、彼は君臨していた。200人、跡部を見ていれば当たり前で、200という数に頓着なんてしていなかった。 よく考えてみろ、200人以上の期待を背負う恐怖を、プレッシャーを。200人、それは跡部の存在によって薄れていってしまうけれど、200人という数は、多いんだ。大きいんだ。泣きたくなった。氷帝のキング…跡部が負ける、それすなわち、みんなの期待を、希望を裏切ってしまうんだ。それでも跡部は、君臨していた。誰が彼を、負けた彼を責められる。彼は、よくやった。200人もの数を率いての立派な栄光だった。彼はたくさんの物を抱えてる。みんなが泣いていた。跡部だって泣きたかった、それでも泣けなかったのはみんなへの責任だったからだ。200人を取り纏められたのは、跡部がいたからこそだ。氷帝は強くなった、いつだったかテニス部の監督が言っていた。私がしてあげることなんて何もない。彼にとってはただの気休めしかならない。それでも、この言葉を贈りたいのは、跡部への敬意からだ。 「跡部」 「なんだ」 「負けちゃったね」 「…なにがだよ」 「全国大会」 「だから何だ」 「みんな、勝ちたかったよ」 「そんなこと…わかってる」 わかってるんだよ、ね。一瞬だけ悲しそうな顔をして、顔を背けた跡部に私が言えるのは唯一つ 「負けたんだよ、」 「何度も言わなくていい。わかってるっつっただろーが」 「それでも…」 「おい」 「わかってるからさ」 「何泣いてやがる」 「お疲れさまっ…」 そんな言葉が彼の役に立つのか。立たないよ。だって、彼が望んだのは 「…おせえんだよ、」 頬を流れる涙も拭かないで、ただただ跡部を見詰めていた。そんな私を彼は優しく抱き締めて、呟いた本音。誰よりも、勝ちたかったのは跡部だ。その思いが伝わってくる。私が出来る事は、彼を受け入れる事。受け止めてあげることでしょう。跡部は背負う物が多すぎる。彼の弱音を、誰が責められただろうか。彼が泣けないなら、私が代わりに泣いてやる。私は、あなたの支えになっていますか。 誰よりも強がりな王様 君の声で聞きたい 200人の部員を従えるのって大変だろうな(彼女からの「お疲れ様」を待っていた跡部を書きたかったのです)/蜥蜴 |