ちまちま | ナノ
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完璧な人間なんていないのかなあ、なんて思った、そんな日。

男子なんだけど、他の男子と比べるとすごい清潔感のある感じの人で、他の女の子よりもずっと美人さんで。正直、幸村くんは男の子なんだけど、羨ましいと思ってしまった。幸村君になりたいとすら思った。女の子バージョンでの話だけど。憧れっていうのかな。それもあるけど、なにより私は彼を好いていた。頭も良くて優しくて、華のような笑顔は、女の子を糸も容易く魅了していった。私も例外なくその笑顔にやられたのだ。
授業中、目の前に座る幸村君の背中を見るのが私の楽しみだった。消しゴムを掴んだり、シャーペンを指で回したり。何気ない動作、仕草の一つを見れるたびに優越感が湧いてくる。空を仰ぎ見たり、色々な彼を後ろからだけど見守るのがささやかな幸せだったのだ。シャーペンを回したり、消しゴムを弄ったり、窓の外を見たり、見慣れてしまった幸村君の行動だけど、何度見てもやっぱりどきどきした。窓の外を見ている。その時の彼の視線はいつも穏やかだ。その視線の先に私がいればいいのにな。ありえない、私なんか、ありえないけど。そう願うのは彼が纏う特有の柔らかい雰囲気のせいなんだろうな。

頬杖をついて窓の外を見ていた幸村君がふいに欠伸を漏らした。幸村君の真後ろに座っていた私もぽかんである。幸村君が、授業中に、欠伸、した!ここにきて新たな一面である。彼は普段授業中に欠伸を漏らすような人じゃない。珍しい光景に思わず、胸が躍った。レアだよレア!うわあ私この席でほんとよかった!なんだか気分が良くなって、黒板に書かれた数式をウキウキとノートに書き出した。やる気が出てきてしまった。なんて神の子マジック。なんて単純なんだろう、私。また、幸村君を見る。彼の目が眠そうに細められていた。わ、可愛い! 先生が、「この問題わかるやつ」と声を出した瞬間、幸村君の頭が、ゆっくりと手から滑って、机に激突した。

「……あっ!」私の声よりもはるかに大きなゴツンという音が教室中に響いた。自分でもわかるくらいに目が大きく開いている、と、思う。目の前で起こった光景があまりにも、えええええ!って感じで。吃驚した。驚かない人なんていないよきっと。あの、幸村君が…!幸村君が舟漕いで手を滑らせて机に頭激突なんて!幸村君じゃなかったら笑ってたのに!意外すぎて笑いがこみ上げてこない。なんか、逆に涙が湧いてくる。

当の本人は、素早く頭を机から剥し、再び頬杖をついた。何事も、なかったように。
クラス中、何の音だ、誰だ、などと騒いでるなか…彼は一人(それから私も)平然と窓の外を頬杖をついて見ていた。若干、その頬から耳にかけて赤みが差していたのは気のせいじゃないだろう。すごい大きな音がしたけど大丈夫かな?

あれから普通に授業は進んで、(幸村君は終始外を見ていた)昼休みの時間が来た。いつもならそそくさとお弁当を取り出して友達のとこまで行くのに今日は違った。今日はほんと、普段と違う事ばかりだ。幸村君に関して。今もその幸村君が私の日常を変えていた。

「あの、さ、」

言いづらそうな態度からしてきっと授業中のことだろう。察して、幸村君の気持ちを傷つけない言葉を考える。だめだ、彼からしてみたらきっと、なんていうか、何を言っても気に障ってしまうんじゃないだろうか。やばい言葉出てこない…!

「だ、大丈夫!」
「え、」
「誰にも、言わないし!」
「あ、うん…もしかして、見た?」
「ごごごごめん!」
「ううん、いいんだ。なんか、こっちこそごめんね(口止めするまでもなかったな)」
「ううん!それより幸村君大丈夫だった? さっきすごい音したけど…」
「ああ、うん、平気平気!恥ずかしいとこ見られちゃったな」

さっき、授業中に見せた赤が再び彼の頬を染めた。困ったように笑う幸村君に笑い返す。可愛いと思ったのは内緒だ。

「あ、じゃあ、あの」
「うん、引きとめちゃってごめんね」

なんていうか!憧れの幸村君に!話しかけられて嬉しいはずなのに、なんか…っ気まずい!美人さんが目の前にいるのにも緊張だけど(しかも話している)、さっきの事を思い出すと色々こみ上げてくる。ちらりと見えた額の真ん中がぷっくりと腫れていた。お、おでこにたんこぶ!似合わない…!どこの漫画のキャラですかあなた…!赤くなっている頬と額をした幸村君を置いて私は一目散にかけ出した。



2cmほどの傷を癒やすなら、
(ここここれ!冷えピタ!)(あ、う、うん。ありがとう!)



俺とした事がなんたる失態。やばい超恥ずかしい。見られたのが彼女で良かった、ほんとに。他の奴だったら、今すぐ理科室に直行して硫酸なりなんなり引ったくって口止めにぶっ掛けてやったのに。その心配もいらなそうだ。 受け取った冷えピタを額に貼りながら、次は気を付けようと誓った。

/葬星