ちまちま | ナノ

『恋』なんて知らないと言っていたのは、いつの頃だったろう。

放課後の教室の窓から沈んでいく夕日を眺めながら、ずっと昔の輝いていた日を思い出していた。あの頃は、幼かった頃は、『恋』なんていう恋を知らなくて。ましてや『愛』なんてもっと知らなくて。恋と愛の違いすら理解していなくて。愛しいという形容詞でさえ、よくわかってなかった。イトシイという気持ちが、どういうものかなんて、知らなかった。私が思うに、愛しい、とは、わかるわからないの前に感覚的に覚えるものなんだと思った。だから、可愛いと思ったらそれは愛しいという形容詞になるし、いいな、と思ったらそれも愛しいって事なんだと思ってた。でも愛しいというのは『愛』だから、好き、とかスキって事なんだとも思った。絶対そうだろう、って 自信まで出てきた時、いよいよこんがらがって考えるのをやめた。幼かった頃、『恋』も『愛』もわかっていなかった。頭の中でずっと形にならないような感覚がしていた。モヤモヤ。少なくとも今なら、『恋』という物がどんな物なのか解る。それでもやっぱり、私は子供だから『愛』というものがわからなかった。愛、なんて恥ずかしくて口に出せないよ。

「亮は、恋と愛の違いがわかる?」そう訊いた時、彼は真面目な顔をして、「恋は子供がするもので愛は大人がするもんなんだろ」と言った。あれはいつの事だったっけ?今にして思えば、あの時の亮の言葉が卑猥な方に頭が捉えてしまう。大人の愛って…大人がするものって…。思春期とは厄介だ。てか中二病ですか私。

まだ、恋も愛も知らなかった季節。昔の事。今よりずっと、前の私。そんな私が恋を知ったのは中学3年生の時だった。丁度、亮が髪を切った頃。スキで好きで…嗚呼、好きだなと思った。それが『恋』なんだと思った。感覚的だった。直感的に、これは恋だと理解した。私は、亮が好きだ。私は、亮に恋してる。それでもやっぱり、愛がわからなかった。愛ってなんだろう。愛情、家族愛とか?どれも私がいう『愛』とは違った。家族の事は勿論大好き、愛してる。でもやっぱり、それでも違った。『愛』って何?愛が欲しいと思った。子供が新発売のお菓子や玩具を欲しがるのと似ていると思った。
解らない、というのはどうにも気持ちが悪くて、気分が悪かった。解らない、それが判らない。だから、イライラした。知りたい。でも、知らなくても、いい。でも、わからないのはいや。知りたい。でも、知らなくてもいい。ループする。

「あああああもう!意味わかんねええ!」

というか私は何故まだ教室にいるんだろう。なんでこんな事考えてるんだ。ばかばかしい。靴を履き替え、校門を出ると、亮に出くわした。ドキリ、先ほどの思考が頭の中を駆け巡った。

「あれ…亮」
「おお、何か久しぶりだな」
「う、ん。亮、」
「ん?何? あ、一緒に帰る?」
「ねえ、亮、」

頭の中に、何があったかなんてわからない。ただ、光ってた。頭の中が白い光でいっぱいになったみたいな。そんなイメージで。考えるスペースなんて余ってなくて。ただ、亮が目の前に居た。

「な、なんだよ」
「亮、はさ…」
「………」
「…好きな子いる?」
「え?! な、なん、だよ急に!」
「居たらさ、亮には…恋と愛の違いがわかる?」

この手の話に滅法弱い亮の顔がみるみる赤くなって行く。焦る亮が…あせ、る亮が…、? なんだろう…。また疑問が出来てしまった。焦る亮が、可愛い、とか。

「…そ、そういうのって、人それぞれなんじゃねえの?」
「じゃあ、亮と私が思う好きと愛は違うってこと?」
「わかんねーよ! 何だよ何かあったのかよ」
「あ、ったよ…あった、うん、あった」

あったんだ。『何か』、が。あったんだよ。色んなことがあった。色んなときがあった。そうだよ、あったの。今も、あるんだよ、『何か』が。ずっと思ってたんだよ。

「亮がね、好きだと思った」
「はあ?! おっまえ、ほんとどうしちゃったの?」
「小さい時、聞いたの覚えてるかな。亮も、恋なんか知らないって言ったんだよ」
「…おぼえてねー」
「私もね、わからないよね、って笑ってたの。でもね、私、恋するって事、知っちゃったの」
「…だから何だよ」
「私は、亮に恋してるんだよ。」
「…………」
「亮には、嘘が吐けないから、言うけど…好きだって思ったの」

それでも、ね…愛がわからないんだよ。
ぎゅっと唇を噛んで、俯いて、足を進める。早足で。亮を置いて。混乱してる亮を置いて。
どう思った?幼馴染同士の好きなんて亮は嫌?私の事はそういう目で見てなかった?どうして私は好きって言っちゃった?どうして、気持ちが先走ってしまったんだ。亮が好き、だから、誰にも譲りたくない。私の我侭は何でもきいてくれた、だから、自分の気持ちを押し付けたら好きになってもらえると思った?
『愛』が、わかると思ったの?わからないよ。何で、どうして、私、好きなんてあんなに簡単に言えちゃうの?もう自分が何考えてるかわからないよ、後悔してるの?だから亮と目も合わさないで先を歩いてるのかな。いつか、亮が離れていってしまう。そんなの嫌だよ。焦ってる。焦ってる。私が。恋が何か愛が何かを考えてるのも全部、亮が好きだからだよ。なんだ、結局、私のわがままじゃんか。

涙が、出てきたと思ったら。ぎゅ、っと右手が掴まれる。追いかけてきてくれたんだ。誰かなんてわかりきってる、亮だ。少し汗ばんでて熱い手が、こんなにも愛しく思えるなんて、とても素晴らしい事だと思った。これはなんという気持ちだろう。好き、恋、愛?

「、ごめ、ん…ね、」


「なぁ、恋っていうのはさ、好きって事でいいと思うんだよ」
「え…?」

力の入らない私の右手とは裏腹に亮の手の力が強くなる。握られている手が、痛いよ亮。

「あの、その、あ、愛っていうのはさ、」
「うん」
「触れたいとか、…キスしたいとか、あー、まあそんなんが愛なんじゃねーかな、と俺は思ったわけで」
「うん」
「だから、俺がいいたいのはぁーだな…愛してるんじゃないか、って事!」
「意味わかんないよ、亮」
「だから、そのですね、好きです、って事だ!」
「そっかあ」

掴まれていない方の手を、私の右手を掴んでいる亮の手の上に重ねる。

「なんだよ、」
「じゃあ私、亮を愛してるんだ」
「お前そういう恥ずかしいこと外で言ってんじゃねーよ!」



目を瞑れば、



浮かぶあの日

(馬鹿らしくなる)(君を愛してるんだ)




唯ちゃん/Better than nothing