ちまちま | ナノ
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目の前にはどんべえのうどんがどどんと1つテーブルの上に置かれている。その横にはやかん。目の前に座っている男に向けて、開いた手を伸ばして「5分ね」、と言い放つ。それを見て奴は「上等じゃ」、笑って自分の目の前に伸ばされている私の手をやんわりと自分の顔の前から退けた。そして満足顔で携帯を開く。私はそれを眺めながら乗り出していた身体を戻す。

「5、分…と」

携帯のアラーム機能をセットした彼、仁王雅治はニヤリと笑って「始めるぜよ」なんてやる気満々になっている。この5分の間に、勝敗がつく。負けたものはご飯抜きである。というかただたんに作るのがめんどかったのでカップ麺でいいかーと準備していた矢先残り1つだったためにである。買いに行くのも動くのも面倒だった。意見が一致した私達は今こうして1つのカップ麺をかけて熱い死闘を繰り広げようとしているのである。
ちなみに明日はテストだ。空腹のまま一晩過ごすのは…その前にテスト勉強をするのは、かなり酷というものである。もう死ぬね。寒いしお腹すいたし雅治意味わかんないし。男ならひとっ走りして買ってこいよ。それかファミレスとか連れてってよ。おごりで。だが、頼りの雅治はそんな気微塵もないらしく勝負に身を置いた。
勝負…それは、テスト範囲のプリントの問題を制限時間僅か5分間でどこまで解けるかで競う。簡単に言ってしまえば多く解いた方がうどんを食べる事が出来るのだ。科目は国語。勉強も出来て一石二鳥だ。我ながらいいアイディアだ。そう言ったら「俺が先に言ったんじゃ」なんて張り合ってきた。私だっての。

始めという合図からカリカリとシャーペンが問題集を埋めていく音が静かな部屋に響いた。あっという間に5分たったのか、問題集の半分も行かないまま携帯がけたたましく鳴り響いた。まぁたった5分でよくやったよ私は。雅治が手元にあった携帯を手に取り、アラームをとめた。心なしか悔いはないとでも言うような清清しさが彼から漂っていた。詐欺だ。

「何問出来た?」

自分の答案を目で追いながら尋ねてくる。目の動きからして雅治の方は結構解けたみたいだった。口ぶりも自信からくるものだろう。しっかりしていた。

「10問くらい‥‥」

ニヤリ、目の前の雅治が静かに唇の端を上げた。ぞくり、やな予感がする。

「俺 15問」
そう言いながら顔の前で割り箸をパキリと割った。綺麗に割れたのが嬉しかったのか更に唇の端が持ち上がった。ムカつく。

「うそだぁ!」

うどんを手繰り寄せてふたを取るともわりと湯気が雅治の顔を覆った。
「ん、」 そう言って左手でうどんをかき混ぜながら(勿論箸で)、右手でワークシートを渡してくる。私が受け取った時に、雅治はふぅーとうどんの湯気を払うように息を吹きかけていた。

「‥‥うわ、」

汚い字ではあったけど(急いでいたからね)、確かに私よりも多く問題を解いていた。嘘だ。詐欺だ。何て奴だ。私より勉強が出来るだと?!

「絶望したぁぁぁぁあああ!!」

頭を抱えながら某教師の口癖を叫ぶ。と、タイミングよく腹が鳴った。勿論私の。恨めしさが滲み出ているような音だった。雅治が私を凝視する。

「…お腹すいた…」

叫んでも仕方ないと諦め、ポツリと出た本音。お腹すいたお腹すいたお腹すいたお腹すいたお腹すいたお腹すいた。またぐぅと今度は弱弱しく腹が鳴った。これまた私のである。私の腹の音は素直だった。ちぇっ、不貞腐れつつ、黙って問題集を続けようと決めて、放り投げたシャーペンを握った。
雅治うぜー雅治うぜー雅治うぜー雅治うぜー腹へったー雅治うぜー雅治うぜー…。

「…なあ、」

雅治うぜー雅治うぜー雅治うぜーうぜーうぜーうぜー腹減ったー。イライラは増すばかりである。

「おい。無視すんな」
「・・・・・・・・」

―― バシッ

「ほぎゃ!」

頭を掌で叩かれた。雅治うぜー雅治うぜー腹減ったー何コイツマジ信じらんないんだけど女の子叩くとかどんだけ。

「無視すんな」
「してねーよ何だよ雅治うぜー」
「機嫌わる!傷付くんじゃけど」
「雅治うぜー雅治うぜー雅治うぜー」
「…お前さんも食うか?」
「え、いいの!?」
「(わ、何コイツ ゲンキン!)…俺そんな腹へっとらんし」
「いやあ、悪いねぇ!」

悪い、と言いながら俺の目の前のにあるどんべえを遠慮無しに引っつかんで「いただきまーす」などと笑顔で言っちょる彼女は、微塵も悪いとは思ってないんだろう。静かに空腹を俺の胃袋が訴えた。



意欲的な指先

彼女の笑顔に勝る物なんてないけれど。



「俺ちょおファミレス行って来る」
「あ、私もいくー!」
「……はぁ(まだ食うんか)」
「もちろん雅治のおごりでしょ?」
「はいはい、お姫様」
「は ぇ?!お、おひ…!」
「プリッ」

まあいいか。と思う寛大な心の持ち主仁王雅治くんであった。


久世さん/Better than nothing