ちまちま | ナノ
丸井ブン太という人間は、男女隔てなく優しくて、みんなから愛されている、まるで天使のような男だった。性格ヨシ、顔ヨシ、運動神経もヨシなこの男がモテないわけがなかった。自然の摂理というものだろうか。毎朝下駄箱には学年問わず女の子からの甘いあまぁ〜い贈り物が入っているし、帰りも同様にたくさんの食べ物が下駄箱に用意されていた(ラブレターも含め)
うらやましがる男達に俺は持ち前の可愛さで羨ましい?と聞けば奴等はみんな笑いながら答えてくれる。顔がいいのは多少素直であっても許されるのだ。休み時間は朝と帰りの倍の量のお菓子を貰う。俺はとても人気者で、とてもとても優しい男だから人の行為を無碍に出来るはずもなく、断らずに笑顔でみんな受け取る。俺の笑顔が人を救う。みんな癒される。なんて素敵。なんてエコノミー。お菓子あげて癒されるんなら、俺はいくらでも貰ってやるし、貰った分だけ笑顔でいてやろうじゃないか。 貰えるもんはとりあえず貰っとけ。それが俺の信条だった。

――― そして、ある日事件は起きた。


「うわ、丸井なんじゃそれププ」

わざとらしくププとかいう笑い方をした仁王が指したのは、俺の右ほほにある赤く膨れているものの事だろう。

「毎日あんなに食べてるからだよー」

呆れ返るコイツに今回ばかりは流石の俺も頭が上がらない。ていうか言い返せない。まさに正論だった。コイツは毎日のように注意してくれてたし、心配もしてくれた。なのに俺ときたらうるせえな、なんて返しながら全く耳をかさなかった。お菓子にばかり夢中になっていた。罰が当たったんだ。ちゃんと人の忠告をきかなかった俺へ天罰が当たったんだ。

「丸井にニキビー」
「すごい目立つわ」

間延びした仁王の言葉に俺の心はひどく傷付いた。ニキビ、その単語に過剰反応してしまう。仁王がケラケラ笑う。ニキビ…恐ろしい言葉だ。泣きそう。めっちゃ傷付いたんだけど。大げさだけどニキビってこんなに辛い言葉だったんだな。こんなに苦しい言葉だったなんて…凶器だ。隣にいるコイツがまじまじと右頬を見るのでさらにその傷は深くなる。中1の時にニキビ顔とからかってコイツを泣かせたことがあった。今になってその苦しみを、悲しみを理解する。俺すげー最悪じゃん。優しくないじゃん。かなり反省してる。遅すぎるけど。にしても、こいつら2人はひどい。ゲラゲラと人の顔さして笑っている。俺が前にコイツを泣かせた時にはやめろとか俺を咎めてたのに、何で俺には加勢してくんないの。なんでそいつの味方してんの。ていうか寧ろ仁王が騒いでるんだけど。仁王マジ最悪。超最低。コイツに天罰が当たれば良かったのに。


「これ、ニキビじゃねーし!」

堪らなくなって声を荒げると笑い声はぴたりと止まった。なんだかわからないという表情の2人の目が俺に集中する。今は顔見られたくないんだけど。まあ仕方ない。

「はー?」
「じゃあ何ー?蚊に刺され?」
「違うじゃろー」
「どう見てもニキビじゃんね」
「ね」

フンと鼻を鳴らして笑って見せる。いかにも自信満々って感じに。

「口外炎だ!」

2人に向かってビシィ!と指をさしてキメ顔を作る。キラーン。

「え、なに口外炎って」
「丸井語?」
「口内炎が外にきたヤツ」
「ニキビじゃん」
「口外炎だって!」

「なんかブンちゃんがアンパンに見えてきたんだけど。どうしよう何でかなあ?」
「ボクの脂肪をお食べ〜!」
「あっは、世界一いらねー!」
「口外炎〜!」
「マルえもーん!口外炎が痛いよーう」
「メンソレェ〜タムゥ〜」
「口外炎って口外炎って!」
「口外炎が痛いナリ…プッ」

ぎゃははは、ゲラゲラ、やべー、腹いてー、死ぬー、ぎゃあぎゃあぎゃあ…―――



ああ神様、どうかこの2人にも同じ苦しみをお与えください!