ちまちま | ナノ
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「じゃあ、ちょっと行って来るね」と宍戸さんの隣で言う先輩に俺は言葉を返す気が起こらなかった。ただちょっと、買い物に行くだけなのに。先輩が、部活のために買い物に行く。ただ、それだけなのに。
「荷物持ちますよ」と、お供を提案した俺に先輩は笑いながら「いいよいいよ宍戸と行って来るから!」と断った。え、ちょ、何で宍戸さんなんですか。声には出さなかったがそう表閉まったのは事実だ。一瞬だけ、一秒にも満たないほどの一瞬、宍戸さんを睨んでしまった。その後に自分はなんて子供なんだろうと咎めた。それから、歳の差を恨んだ。きっと、きっと俺が先輩と同い年だったら、宍戸さんにたのむ先輩なんていなくて、俺にたよる先輩が居たはずだ。

馬鹿げている。こんな俺だから、先輩が頼らないんじゃないか。どこにそんな保証がある。そんな自信も、おこがましい。身体がでかくたって、頭の中はまだまだ子供だと思われてるんだろう。先輩はいつも俺を子供扱いだ。可愛いとか、頭を撫でてくれるのも、全部俺を“俺”として見てないからだ。子供だと思ってるからだ。はがゆい。可愛がられる事に満足してないわけじゃないし、寧ろ嬉しいけど。でも男としてっていうか、ちゃんと見られない事に悲しくなるし、悔しくなる。先輩が悪いってわけじゃないのに。
「先輩」もう一度、呼んでみる。意味なんてない。すがっているだけに過ぎない。甘えてるんだ。いつも、いつも。だから、俺は子供で、先輩からも子供としか、可愛い後輩としか見られないんだ。先輩が俺を見る。その視線に耐えられなくて、顔を伏せた。何やってんだろ。そんな俺を見かねた先輩が、困った顔で「宍戸ごめん」と謝っている。

「やっぱ長太郎に頼むわ」
「おー、俺は別に構わねえぜ」
「ありがとー。長太郎、行こ」
「え、」

ぐい、っと先輩によって右手を引っ張られる。俺よりずっと背の低い先輩がずんずんと俺を引っ張っていく。前のめりになりながら処理しきれない今起こっている事を考える。やっぱり、先輩は甘くて。やっぱり俺は子供だった。こうなるようにしたのも全部、俺なのに。喜べない。なんで、なんで? なんでなんてわかってるだろ。俺のせいだ。喜べないどころか気まずい。俺の我侭が宍戸さんにも、先輩にも迷惑を掛けている。なんで俺がここに存在してるんだろう。大げさだけど、それくらい俺の気分は沈んだ。一体なにがしたいっていうんだろう。先輩と一緒に買い物行けるようになったのに。


「別にね、」

先輩が歩く速度を落として口を開く。手は繋いだまま。

「長太郎を子供扱いしてるわけじゃないんだよ」
「え、」
「長太郎はさ、私がそう思ってるって思ってた?」
「……はい」
「そっか。あのね、私のせいかもしれないけど、子供扱いなんてしてないし」

繋がれていた手が離される。寂しくなった右手がぶらんとだらしなく垂れた。俺の口もだらしなく開いている。

「私のスキンシップがそう思えるだけなんだよね」
「先輩、」
「そうでもしないと、子供扱いしてるように見えないと」
「先輩」
「だめなんだよ」

今度は俺から先輩の小さい手を握る。咄嗟の事で力加減がうまく出来たかわからない。小さくて暖かい手は、俺をいつも励ます手だ。白い肌が、今は真っ赤になっている。こんな時にあれだけど可愛い。先輩がいいなら子供のままでも悪くない気がした。たまにだけど先輩がより子供に見える時があるから。


「俺、先輩が好きです」



放棄



/空想アリア