S×R 外科医連載 | ナノ


05


ハートの海賊団船長、トラファルガー・ローがごんべを口説き落とす宣言をしてからというもの、彼は本当にその気があったらしくほぼ毎晩のようにごんべの働く酒場に足を運ぶようになった。
時にはクルー数人を連れて、時には一人で。
しかし足を運ぶと言っても、口説きに定番の贈り物がある訳でもなく、ただやってきては他愛のない会話をするだけ。
時折チラリとそのような話題が出たとしても、適当に返してしまえばそれ以上言及してはこなかった。
そんな日が2週間ほど続いて、昨晩もベポを連れてやってきた彼は、いつも通りお酒を2、3杯ひっかけて帰って行った。

「マスター、あの人どういうつもりなんでしょう」
「ごんべを船に乗せるつもりなんだろう?」
「その理由が知りたいんですってば」

昼間の仕込み作業を手伝いながら、元海賊のマスターの意見を聞こうと尋ねてみる。
マスターはトラファルガー・ローが来るたびに相手をごんべに任せて、黙って聞き耳を立てて…面白そうに笑っているのだから性質が悪い。

「私を船に乗せたって何にもならないじゃないですか…大体口説き落とすって言って結局お酒飲みに来るだけだし」
「なんだ、ごんべは奴に口説かれたいのかい?」
「ちが…っマスター、なんでまたそういう…!!」
「はは、ほら手を動かして」
「マスター!!!」

こっちは真剣に悩んでるのに、と愚痴を溢して、それでも言われた通り手を動かす。
昼間の内にどれだけ仕込みを終えておくかで、開店後の余裕が変わってくるのだから手は抜けないのだ。
けれどそれも長くは続かなくて、何かを話したくて口がむず痒くなるたびにマスターに声をかけるのを繰り返していたら最終的には小突かれてしまった。

「マスターは私が海賊になってもいいんですか!!」
「元海賊のおれにそれを聞くのかい」
「う、…それを言われると…」
「ごんべがなりたいならいいんじゃないか?」
「…マスターに聞いたのが間違いでした」

そうこうしている間に、開店時間はやってきてしまって。
どうにかこうにか準備を終えて、看板を表に出すべく外に出ればそこには件の船長…トラファルガー・ローが店に向かって歩いてくる姿があった。
いつものように長い刀を担いで、片方の手をポケットに突っ込んでいる。
相変わらず気だるそうなその姿を視界に捉えて、ごんべはついつい声をかけてしまった。

「今日はお一人ですか?」
「あぁ」
「すっかり常連さんですね」
「そうだな」

どうでもいいような会話をしながら、普通の女の子なら引き摺って移動するであろう看板を片手で持ち上げて、所定の場所に移動する。
慣れた作業はそれこそものの数秒で終えてしまって、それを待っていたらしいローはごんべに続いて店に足を踏み入れた。



「…おれ達は明日にでもこの島を出る」

カウンターの一番奥、既に彼の指定席となっている場所に座りグラスを傾けたローは、いつものようにごんべが料理を出そうと近付いた時徐にそう切り出した。
コトリ、ローがグラスを置いた音が小さく響く。
そこから手を離さずに小さく揺らせば、今度は氷がカランと音をたてた。

この島のログは1カ月で、航路を変更しないためにはログが溜まる前に出航しなければならない。
その期限が迫ってきているから、そろそろそんな時期なのだろうとは思っていたけれど。
何と言ったらいいのか分からなくて黙ってしまったごんべを、ローはカウンター越しに見上げて小さく笑った。

「なんだ、寂しいか」
「寂しい…かもしれないですね」

確かに、ここまで仲良くなった海賊は元海賊のマスターを除いては初めてだから彼らと別れるのは少し寂しいかもしれない、と彼の言葉を肯定すれば、その答えは予想していなかったのか隈に縁取られた目が見開かれる。
しかしそれはほんの一瞬のことで、グラスを弄んでいるのとは反対の手で頬杖をついた彼は再びニヤリと口角を持ち上げた。

「おれの船に乗る気になったか?」
「それとこれとは話が別です」

たくさん話をした彼らと別れるのは寂しいけれど、自分は島の住人で彼らは海賊なのだからそれは当り前のことで。
寂しいとは思うけれど、一緒に行きたいとは思わない。
きっぱりとそう告げれば、ローは臍を曲げるでもなく湛えた笑みを深くした。

「明日はせいぜい逃げ回れ」
「何言ってるんですか」
「おれは海賊だってことだ」

欲しいモノはどんな手を使ってでも手に入れる。
いつもより低い声で言われたその言葉に、口説き落とすって言ったくせに、と返せばまた満足げな笑みを浮かべて。
クツクツと喉の奥で笑ったローは、ますます欲しくなったぜ、と独り言のように呟いて出された料理に手を伸ばした。



(20110412)

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