S×R 外科医連載 | ナノ


04


「ねぇねぇ」

最初は誰に話しかけているのか分からなかった。
けれど聞き覚えのあるその声に反応する人は誰一人としていなくて、ついでに割と近くから聞こえたものだからごんべはその声の発生源に顔を向けた。
案の定そこにはカウンター席に座る大きな白熊がいて、その円らな瞳はしっかりとごんべを捉えていた。

「…私?」
「うん、そう。君名前はなんていうの?」

こてん、と首を傾げて尋ねる姿に危うくノックアウト寸前だ。
なんだ、この無駄に大きいくせに可愛らしい生き物は。
その姿と声のギャップには最初こそ戸惑ったが、ここで彼らの会話を流し聞きしていて慣れてしまってからはそれすらも彼の魅力に思えてならない。
出来ることならあのふわふわの毛並みに抱き付きたい…とここまで考えたところで、いい加減質問に答えなければとハッとした。

「ごんべ、です…」
「ごんべだね!!おれはベポだよ」
「ベポ…」
「よろしくね!!」

普段は海賊に名乗るなんてことはしないのに、何故だかこの人たちには名乗っても良いような気がしてすんなりと名前を教える。
そうすれば嬉しそうな様子を隠すこともせず白熊はベポだと名乗るから、しかもそれに続いて「ベポでいいよ!!」なんて言われてしまったから、それだけでかなりの毒気を抜かれてしまった。可愛いなちくしょう。
海賊相手にここまで会話を続けたことがあっただろうか…というくらいそこからの会話は弾んで、気付けばカウンター席に並んでいたペンギンと書かれた帽子をかぶっている人とキャスケットを被った人も参加するようになっていた。

「この島のログは1ヵ月かかるって聞いたんだが本当か?」
「そうですよ」
「それなら良かった、少しのんびりしてもログが溜まる前にもとの航路に戻れるね!!」
「あ、でも山の反対側の町には海軍の支部があるから、あんまり長居はしない方がいいかもしれないですよ」
「あぁ、そこら辺は考慮してあるから大丈夫だ」
「流石海賊ですねー…それにしても、ベポ達はなんでまたこの島に?」
「それがね、前の島を出たところで海軍の軍艦に完全包囲されちゃって…」
「仕方なしに潜って回避したら、この島の海域に出ちまったんだ」
「潜る?船で?」
「おれ達の船は潜水艦だからな!!」
「おれは暑いからあんまり潜りたくないんだけどね…」
「へぇぇ、凄い…この島に潜水艦が来たのなんて初めてかもしれないです」
「今度見せてあげるよ!!」

店を埋め尽くすクルー達の酒盛りの騒ぎの中、4人の会話は進む。
同じくカウンター席に座っている船長さんはすぐそばで繰り広げられる会話を聞いているのかいないのか、一人静かにグラスを傾けていた。

「それにしてもごんべ、お前って能力者なのか?」
「…なんでですか?」

潜水艦の話がひと段落着いた頃、キャスケット帽の人が徐にそう切り出した。
だってお前、あの酒樽…と彼が視線を向けたのは、今まさにクルー達が好き放題に酒を注ぐ大きな酒樽(飲む量が半端じゃないのでセルフサービスにしてしまったのだ)。彼らが店にやってきた時、ごんべが担いでいた酒樽だった。

「普通じゃ持てないぜ、あんなもん」
「おれもびっくりしたよ…女の子が軽々と持ってるんだもん」
「だよなぁ、男ならまだしも…」

なんていう実なの?とベポが尋ねてきたのと同時に、ピクリ、と。それまでただ黙って酒を飲んでいた船長さんの体が、ほんの少し反応したような気がした。
それと共に、静かに店内に響く低い声。

「…それには、おれも興味があるな」

カウンター席に座っていた他の3人の視線が、一気に船長さんに集まる。
その表情はどれも驚愕を示していて、彼が会話に参加することが珍しいのか人に興味を示すことが珍しいのかごんべには分からなかったが、とにかく誤解を晴らすのが先かとひとつ溜息を吐いて口を開いた。

「…私は能力者でも何でもないですよ」
「「「えぇ!?」」」
「……それで?」
「自分で言うのも何だけど…あの、あれですよ」
「「「??」」」
「……」
「……生まれつきの…バ怪力…」

だから言うのを躊躇ったんだ。
案の定話を聞いた3人はぽかーんと黙ってしまって(船長さんだけは何やら思案顔だったけれど)、ごんべは人知れず溜息を吐く。
初めてこの話をした人は大抵がこんな反応だが、慣れたものとは言えやっぱり少し空しくなるのだ。
これでも一応、年頃の女の子だから。

「……面白い」
「…え」

しかも、それまで何かを考える素振りを見せていた船長さんが、ようやく口を開いたと思ったら出てきたのはそんな言葉。
これは追い打ちをかけているのかと思いたくなる台詞だ。
それを聞いたベポがキャプテン!!と嗜めるも、キャプテンと呼ばれたその男は真っ直ぐごんべを見据えたまま、その無駄に整った顔面に何かを企んだような笑みを浮かべた。

「お前、おれの船に乗れ」
「………は?」

瞬間、カウンターの周囲だけ時間が止まった。
ごんべもベポもペンギン帽子の人もキャスケット帽の人も、唖然として船長さんを凝視する。
ただ一人、ニヤリと口端を持ち上げた船長さんだけが、その空気の中グラスを持ち上げた。

「じっくり口説き落としてやる」

覚悟しろ、と。
ごんべに向かって杯を掲げた船長さんは、そのまま残っていた酒を飲み干した。



(20110412)

[*←] | [→#]
Back




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -