S×R 外科医連載 | ナノ


18


ぐい、と手を引かれて立ち上がったごんべは、勢いが良すぎたのか溜まっていた疲れもあり少々ふらついた。
けれどローは躊躇することなく倒れ込んできたごんべを受け止めて、そのままがしりと腕の中に閉じ込めた。

「馬鹿野郎が」
「…耳が痛いです」

細身でありながらも固い胸板に顔を押し付けられて、少々呼吸がしづらい。

「阿呆」
「すみません」
「おれに手間を掛けさせるとは良い度胸だ」
「申し訳ありませんでした」
「小汚くなりやがって」
「(小汚…)返す言葉もございませ…イタタタタ痛いです船長さん!!」

しかし抱き締められているという状況を恥ずかしがる暇もなくローから浴びせかけられるのは罵声ばかりで、けれどあぁこれが船長さんだよ、と口元が緩むのを隠すようにローのシャツを握り締めればさらに強く…絞殺さんばかりの力が腕にこめられて、ごんべは思わずローの腕を叩きながら呻き声を上げた。

「ごんべ如きが心配させやがって」
「痛い痛い力入れ過ぎです船長さ…え?」

バシバシとローの腕を叩いて悲鳴を上げるごんべの耳に、最後に微かに入ってきたローの言葉。
今、この男は何と言ったのだろうか。
聞き違いだろうかと呆気にとられるごんべを余所に、しかしローは何事もなかったかのように腕の中からごんべを解放した。

「船長さん、今何て…」
「質問は後だ」

尚も食い下がるごんべを視線で制して、ローは開けっ放しだった小屋の入口を睨みつける。
先程よりも一層低くなった声に素直に従ってローの睨む先を見たごんべは、思わず一歩後退した。

「うわぁ…み、見つかった…」
「奴ら途中からおれをつけてたからな」
「えぇ!?」

狭い入口から見えるのは、揃いの制服を着て武器を持った海兵の姿。
いつの間にか、小屋の周りは海兵達に囲まれているようだった。

「わざわざ一纏めになってくれるとは…助かるな」
「えぇぇ…」

マズイヤバイとそんなことばかりを考えていたごんべは、ニヤリと口元を歪めたローを見て顔が引きつった。
なんて悪そうな顔なんだ。
海賊をやっている時点で世間一般的には悪い人の部類には入るのだろうが、それにしても悪そうな顔だ。
ローはごんべがそんなことを考えている間にも小屋から出ようとしていて、その余りにも迷いのない歩みにごんべは慌てて後を追った。

「ちょっと待っ…船長さん!!」
「ほう…自分から出てくるとは、よほどの余裕か…もしくは観念する気にでもなったのか?」

小屋から出た二人を待ち受けていたのは、ざっと20人前後の海兵たちだった。
その一番正面、ただ一人丈の長いコートを羽織った人物が、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
これが、ごんべを捕えるよう命令を出したという中佐で間違いないだろう。

「残念ながら前者だ」

一方のローも、中佐に負けず劣らずの笑み(悪い方の、だ)を浮かべて刀を持ち直す。
そしていかにも余裕と言った表情を浮かべて、すぐ後ろで立ち竦んでいたごんべを空いた右腕で下がらせた。

「女を庇いながらこの人数を相手にするのは骨が折れるだろう」
「さぁ…どうだろうな」

中佐の合図で、彼の後ろに待機していた海兵たちが一斉に各々の武器を構える。
ごんべはローに誘導された通り数歩下がって、この状況を少しでも打開できるような、そんな何かがないかと小屋の中を見渡した。

「“死の外科医”トラファルガー・ロー…一人で船を離れたのが運の尽きだ。貴様にはおれの昇進の手土産になってもらおう」
「御託はいらねェ…さっさと来いよ」

低い声で紡がれた“ROOM”という言葉と共に、ローの手によってサークルが作り出されたのと、海兵たちが飛び出したのはほぼ同時だった。

「“シャンブルズ”」
「うわぁッ」
「な、何だこれは!!」

ごんべは、初めて見るローの能力に目を見開いた。
故郷の町で助けられた記憶はあるが、彼の登場と同時に気を失ってしまったせいで実際に目の当たりにするのは初めてだったのだ。
パパパンッといくつかの銃声が響くも、ローが刀を振るったことによって弾は見当違いの方向に発射される。
海兵たちの体が、色んなところで切り離されてでたらめにくっついているせいだ。

「サークルの中に入るな!!」
「流石に避けたか…」

殆どの海兵たちは未知の現象に戦意を喪失しているようだが、中佐と数人の部下は難を逃れローに向かってきていた。
それをニヤリと笑って見据え、ローはもう一度居合に刀を構えた。

「お前達は女を確保しろ!!」

中佐は自分がローの相手をし、部下達にごんべを狙うよう指示を出す。
しかしローは全く焦りを見せず、視線すらごんべには寄越さなかった。

「…だそうだぜ、ごんべ」

ただ一言、笑いを含んだ声色でそう告げて、自らは中佐を迎え撃つべく腰を落とす。
海兵たちがその脇をすり抜けて小屋の中に下がったごんべに向かうも、その顔から笑みが消えることはなかった。

「ここまで逃げてそう簡単に…ッッ」

ローには分かっていたのだ。
ごんべが、ただ怯えて戦いを見ているだけの女ではないという事を。

「捕まってたまるもんか!!!」
「な、何…!!」

それぞれの得物を手に向かい合うローと中佐のすぐ脇を、ものすごいスピードで飛んでいった物。

「私がただのか弱い女の子だと思ったら大間違いだ!!」

それは、小屋の中でごんべが見つけた古びたベッドと。

「ぐふぅッ」
「ふが!!!」

ごんべの渾身の馬鹿力によって投げ飛ばされたそれを腹で受け止めて、諸共吹っ飛んだ海兵たちだった。



(20110531)

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