17
「ど、して」
ごんべは、まさに開いた口が塞がらない状態だった。
ついに見つかったかと極度の緊張と戦っている所に現れたのは、予想していたのとは違う人物。
こんな所にいる筈のない、ハートの海賊団の船長だったのだ。
「なんで、ここに」
いつでも飛び出せるよう準備していた体勢のまま動けずにいるごんべの口からは、途切れ途切れの言葉しか出てこない。
その間にもローはゆっくりと小屋の中に足を踏み入れていて、ついにその長身はごんべの目の前に立ちはだかった。
「お前は何故逃げてる」
ローは立ったまま、ごんべを見下ろしていた。
その目は冷たいようで温かいようで、ただ真っ直ぐにごんべを見据えている。
ごんべは言葉が見つからなくて、目の前に立つローを凝視するばかりだった。
「何故だ」
「仲間だと、勘違い…されて、それで」
もう一度問われて、ようやくごんべが答える。
「お前は海賊じゃねェ」
「言いましたよ、けど…!!」
「付いて行って、説明すりゃ良かっただろ」
「そんなの信じてもらえる訳が、ないじゃ…ないですか」
「まァそうだろうが」
「だから、逃げるしか…!!」
どうして逃げているかなんて、そんな理由はむしろごんべが教えて欲しいくらいだった。
ただ直感で逃げなくちゃと思って、逃げた。
逃げるしかないと思って、逃げたのだ。
上手く説明なんて、出来る筈がない。
「何故、おれ達の情報を売ることを考えなかった」
「……え、」
そうして息巻くごんべを余所に、向き合うローは冷静だった。
冷静に、事実を疑問に仕立てた。
どうして海兵に付いて行って、彼らの情報を売って、それによって自らの身の潔白を証明しようとしなかったのかと。
「それは…」
「何故そうしなかった?」
「…それ、は」
ごんべには、答えることができなかった。
そんなこと、思い付きもしなかった。
彼らの情報を売ってしまおうだなんて、そんなのは端から選択肢には無かったのだ。
「……立て」
その一言と共に、ごんべの目の前にローの手が差し出される。
一度はとることを拒んだ手が、再びごんべに伸ばされた。
「皆を売って、自分が助かるなんて…そんなのが嫌で、でもそれは、」
「違うだろ」
後味が悪いなんていうただの自己満足で。
そう続くはずだったごんべの言葉は、ローによって遮られた。
違う?
…そうだ、違う。
そもそも選択肢にすらなかったのだから、あの時の自分がそんなことを考えていた訳がない。
ならば自分は一体、何を考えていたというのか。
「おれを見ろ」
ごんべは、ローの手をとることができずに俯いた。
けれどローはそれを許してはくれなくて、さらに一歩の距離を詰めた。
俯いたごんべの視界に、ローの爪先が入り込む。
「お前は何を考えた」
「……、なに、も」
自分は一体、何を考えたのか。
「ッ何にも、考えてなんかない…!!」
自分はどうして海兵から逃げたのか。
その答えは簡単だった。
彼らに付いて行くのはマズイと、それ以外のことは何も考えてはいなかったのだ。
ただ、自分が捕まるのは駄目だと、それだけだった。
たとえばそれは、“海賊”が“海軍”から逃げるのと、同じように。
「おれを見ろ」
もう一度、先程よりも幾分か柔らかい口調で同じ台詞を言われて、ごんべは顔を上げた。
そこには訳も分からず溢れ出た涙で霞んだローがいて、その手は変わらずごんべに伸ばされたままだった。
「もう一度言う。おれの船に乗れ」
すっかり汚れてしまった包帯が巻かれたままの手を伸ばせば、それは力強いローの、ひと回り大きな手によって掴みとられた。
(20110513)
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