15
「ハァッ、は、ッ」
海兵の手から逃れたごんべは、町の裏手にある森の中へと逃げ込んでいた。
港とは反対方向に走ったため遭遇する海兵は少なかったものの、情報は既に行き届いてしまったらしくごんべを見つけた海兵は大声を上げて追いかけてきた。
そのたびにそこら辺にあった荷車を振り回したり色んなものを破壊したり自分を捕まえようと向かってきた海兵を地球投げの如く放り投げたりしていたものだから、体力は既に限界に近かった。
我ながら無茶をしたものだ。
鬱蒼と生い茂る木々の隙間にしゃがみ込んで、出来るだけ小さくなる。
森に逃げ込むところは見られないようにしたけれど、町中を探しまわった彼らが森へと目を向けるのにそう時間はかからないだろう。
「ッは、はぁ…(どうしよう…)」
膝を抱えて息を整えながら、これからのことを考える。
我武者羅に走り続けたせいか、どうして自分が逃げているのかも良く分からなくなってきた。
ただ、自分が海軍から追われる身になった、ということを理解しているだけだ。
大きく一つ息を吐いて、ようやく呼吸が落ち着いた。
きっと顔は割れてしまっただろうが、何とかしてこの島から出なくては。
いつの間にか、もう夜は始まっている。
先程からギャアギャアと不吉な声が聞こえてくるこの森の奥に入って行ったところで、怪力以外の取り柄のないごんべが生き延びられる保証はない。
「本当に、どうしよ…」
縮こまるごんべの口から、再び大きな溜息が漏れた。
* * * * *
「船長ッ!!」
「何だ」
「船にいないと思ったらこんな所にいたんすか…」
ハートの海賊団のクルー達は、海兵の目につかないようさっさと物資の補給を済ませて、殆どが船に戻って来ていた。
そんな中、短い停泊にしては珍しく船長室を留守にして船の何処にも見当たらなかったローを探しに来たのはシャチだった。
「なんでまたこんな所に…」
シャチが船長を見つけたのは、海兵さんどうぞおれを見つけてくださいと言わんばかりの場所…海軍の軍艦が停泊している港のすぐ近くの酒場だった。
ここから開きっぱなしの入り口を見ていれば、軍艦と町とを行き来する海兵の動向が丸見えな代わりに見つかりやすいというハイリスクハイリターンな場所。
ペンギンから海軍本部の軍艦が来ていることを知らされたローは、船を降りて暫く町中をうろついた後はずっとここにいたようだ。
「問題でもあったか」
そこらじゅう走りまわったのだろうか、額に汗の滲んでいるシャチに、何をそんなに必死になっているのかとグラスを置いて尋ねる。
「船長が行方不明…じゃなくて、ごんべがちょっとヤバいことに」
「…詳しく話せ」
焦ったように事情を説明しだしたシャチの傍らで、ローはその話に耳を傾けながら店を出るべく刀を携えて立ち上がった。
「で、とにかく海軍より先にごんべを見つけてやんないと…」
「お前らは全員船に戻っとけ」
海軍の目を避けて、裏道を回り込みながら歩き続けること十数分。
店を出たローとシャチは、ごんべが海軍に追われているという情報を掴んだ数人のクルー達と合流すべく住宅街の裏手にある小さな酒場へとやって来ていた。
「でも船長、おれらも探した方が…」
「そうっすよ、まだ見つかっちゃいないとはいえこのままじゃ、」
そして話を聞いてすぐ、ローの口から発せられた言葉。
それに、手分けしてごんべを探すつもりでいたシャチ達は目を瞬かせた。
「おれ一人でいい」
しかしローはそんな彼らの意見を聞こうともせず、くるりと踵を返して店の出口へと向かってしまう。
シャチは慌ててローを呼び止めるも、首だけで振り返ったローの真剣な瞳に何も言えなくなってしまった。
「アイツは自分から船を降りた。それを認めたのは船長であるこのおれだ」
シャチ達は、ぐ、と言葉に詰まる。
しかし次にローが発した台詞によって、その表情は一瞬にして明るくなった。
「…もう一度アイツを船に乗せるなら、“海賊になる覚悟”ができたかどうかを見極めるのも、おれの役目だろ」
分かったら大人しく待ってろ、と。
そう言っていつものようにニヤリと口端を持ち上げたローは、再び前を向いて歩き始めた。
「せ、船長…」
「「「しびれるッス…!!」」」
その背中を羨望の眼差しで見送るクルー達に、歩きながらひらりと一度だけ手を振って。
(20110506)
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