12
室内には、さっきまで使用されていた消毒液の匂いが充満していた。
島が見えたことで船の中はざわめいている筈なのに、この船長室だけは異様なほど静かだった。
「…船長、さ」
「ごんべ」
ごんべは、そんな沈黙に包まれた船長室で、この部屋の主によってソファに押し倒されていた。
肩を押されて、次の瞬間には背中にソファの感触。
自分に圧し掛かるローは、ごんべの両手首を強い力で拘束していた。
「この船を降りたいか」
けれどローの口から発せられたのは、脅しとか懇願とか、そういう感情は一切含まれていないような、そんなただの問いかけだった。
身体にかかる力とは対照的に、ローの低い声は驚くほど穏やかだった。
「私にはまだ、このまま海賊になる覚悟がありません」
ごんべもまた、こんな状況にありながらどこか冷静だった。
本気で力を込めて抵抗すれば、この状況から抜け出すことくらいはできるかもしれない。
けれどそれをしないのはきっと、ローがこのまま自分を監禁するだとか無理矢理に犯すだとか、そういう事を考えていないことが心のどこかで分かっているからだろう。
真っ直ぐに見つめ合って、互いの視線が絡み合う。
けれどごんべは不思議なことに、この船に乗ってから初めてローと対等な関係で話している、そんな気がした。
「……そうか」
すぐ目の前で、俯き気味に返答したローの溜息のような吐息が首筋にかかってくすぐったい。
そんなことを考えているうちにローの右手が離れて、ソファの前にあるテーブルへと伸びた。
そしてそこに何があったのか、それを確認する前に、ごんべは自分の首に何かが刺さるのを感じた。
「何、を」
「心配するな、じきに何も感じなくなる」
何を言われているのか、分からなかった。
けれどその直後に感じた急激な眠気とだるさがその答えを示していて、しかしそれを感じた時にはもう、ごんべにはどうすることもできなかった。
「…1日で薬は切れる。目が覚めたら、降ろしてやる」
何をする気ですか、と。その言葉が発せられることのないまま、ごんべは薄れていく意識になんとかしがみ付こうとした。
したのだけれど。
最後の最後で、あぁもしかしたらこれはトラファルガー・ローの知的好奇心の満足の為にまた捌かれるってことなのかもしれない、と考えたその時。
ついにブラックアウトは訪れた。
ほんの一瞬、ブラックアウトの直前の本当に一瞬の間だけ、ローの表情が哀しげに歪んだような。そんな気がした。
(20110425)
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