S×R 外科医連載 | ナノ


10


リハビリを初めて2週間が経ち、ようやくごんべは今まで通りに動くことが出来るようになっていた。
傷もほぼ完全に塞がっただろう。
やり方や性格に問題があることは頭が痛くなるほど理解したものの、医者としてはかなり優秀なローに逆らうことなく治療を受け続けた効果、なのかもしれない。
ただ、その間2つほど島に停泊したけれど、どちらも船長から下船の許可は下りなかった。
しかもご丁寧に、ベポとペンギンによる交互の見張り付きだった。

「船長さん」
「断る」

そしてごんべは今、そんな船長・ローに交渉を試みている。
つい先ほど、あと数時間で島が見えるという情報を耳にしたのだ。
今は昼食後のティータイムで本来ならばくつろぐ筈の時間だが、ごんべの表情は真剣そのものだった。
その場にいるクルー達も、何事かと遠巻きに様子を窺っている。
しかし要件を言う前から何の慈悲もなく吐き出された却下の一言に、思わず力が入ってしまったのかごんべが両手で持っていたティーカップは無残にもガチャンと音を立てて崩れてしまった。
周囲から「あ、」という声が聞こえてくるが、そんなこと気にしちゃいられない。
留まるべき場所をなくした紅茶が重力に従って流れ落ちテーブルを汚していくが、そんなこと、気にしちゃいられない。
ごんべはこれ以上、この船に乗っているつもりはないのだ。

「いい加減降ろして下さい」
「おれに命令するな」
「命令じゃなくてお願いです。治療してくれたことには感謝してます」
「お願いの前にテーブルを拭け」
「でも私は海賊になるつもりなんてないんです」
「船に乗れとは言ったが、海賊になれと言った覚えはねェな」
「次の島についたら、私を降ろして下さい」
「まだおれが満足してねェ。却下だ」

確かに瀕死の重傷だったところを助けてもらった。それは感謝しよう。
ただ理由を聞けば利害の一致、治療ついでに自分の体は捌かれていたのだ。
それもまぁ、治療代を要求されない代わりの治療の見返りとして許容してもいいかもしれない。
けれど、これ以上この船に居続ける理由はない筈だ。
もともとこの船に乗れと言われていたのは確かだけれど、今ここにいるのは殆ど不可抗力と言っていい。
というか今になって考えてみれば、ローがあの時船に乗れと言いだしたのはバ怪力の原因を知りたいがためだったのではないか。
悲しいかな、この状況ではそれを否定できない。
純粋に自分に仲間になって欲しいと望まれたのならまだしも、彼の知的好奇心に付き合ってこのままここに留まるのは、ごんべの意思ではないのだ。

相手はあのトラファルガー・ロー。
取り合ってもらえないだろうということは覚悟していた。
だがしかし、覚悟していたからと言って納得できるかと聞かれれば答えは否だ。
再び力のこもってしまったごんべの手によって、若干の形を保って手の中に残っていたティーカップの取っ手と破片が粉々に粉砕される。
それと共にテーブルにポタリと滴った赤い液体を見てようやく、焦ったようにベポが近付いてきた。

「ごんべ、手が…」

けれどごんべは、ベポに向かって小さく大丈夫、と呟くと、ローを一瞥して席を立ってしまった。

「キャプテン、」
「放っておけ」

コーヒーを啜りながら視線を向け続けるローを振り返ることなく、ごんべは荒々しく扉を開け放って食堂を後にした。
ギギ、と哀しそうな音を立てた扉の蝶番が一つネジごと外れたのを見て、クルーの一人が涙目になりながら「直さねェと…」と呟いていたことなんて、ごんべには知る由もない。

小走りになりながら、ついさっき考えてしまった、最初に出会った時にローが自分を誘った理由がもう一度頭を掠めて。
つきんと胸の辺りが苦しくなったのには、気付かないふりをした。



(20110422)

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