S×R 外科医連載 | ナノ


08


自分の置かれている状況を理解して、どっと襲ってきた疲労感のせいかごんべはもう一度眠ってしまっていた。
もしかしたら、話の最後にローが注射した薬のせいもあるのかもしれない。
そうして次に目が覚めた時、首を動かして横を見れば枕元の椅子にはベポが座っていた。

「……ベポ」
「あ、おはようごんべ!!調子はどう?」
「さっき、よりは(…そう言えば、声も出せる)」
「さっきって言っても一日経ってるけどね!!」
「……え」
「でも大丈夫だよ、キャプテンは凄いから」

ちょっとごめんね、と、背中に手を添えて上半身だけ起き上がらせてもらう。
ほんのちょっと力を入れただけで体中が痛かったけれど、ベッドがリクライニング式だったおかげでなんとか半身を起こして座ることができた。

「これ、店長さんから預かった荷物だよ」
「マスターから?」
「ごんべの親みたいなもんだから、って言ってた」

ということは、この船に乗ることに関して最終決定を下したのはマスターということだろうか。
ベポに渡された大きな鞄の中には、沢山の着替えと全財産の入った財布(ご丁寧に封筒に入れてしまっておいたヘソクリまで入っているけれど、どうして場所が分かったんだろう)と必要最低限の生活雑貨が入っていた。
それから一番上に、マスター直筆の手紙。

「最初は渋ってたんだよ、でも…」
「…うん、分かってる」

マスターは、元海賊だ。
だからローに誘われた時も、海賊船に乗ることを反対はしなかった。
けれどそれを差し引いても、ごんべが助かる方法が他にないのならマスターはそれを選んだだろう。

“生きていれば道は見えてくる。達者でな。”

手紙に書かれたたったそれだけの言葉に、全てが詰め込まれているような気がして目頭がぎゅっと熱くなる。
それと同時に、出来ることなら帰りたいな、と。その思いが胸を震わせた。

それから抵抗しつつもベポに体を拭いてもらって(「大丈夫だよ、人間の女には興味ないから」というのが彼の言い分だったが、それでもオスはオスだというのがごんべの言い分だ)、ほんの2、3口しか食べられなかったけれど朝ごはんを食べて、その後すぐにベポと入れ違いにローがやってきた。

「…本当に医者なんですね」
「お望みとあらばその口縫いつけてやるが」

傷の具合を見ながら包帯を換える慣れた手つきに、今更と思いながらも思わず漏れてしまった言葉の直後に鋭い眼光で睨まれて、即座に謝った。
ついでに際どいところまで服を脱がされて少し抵抗を試みたけれど、治療中に見たとズバッとバッサリと切り捨てられてしまった。意識があるのとないのとじゃ全然違うという乙女心を理解して頂きたいものだが、これ以上無駄口をたたくと本当に口を縫い付けられてしまいそうだったので仕方なく諦めた。
こうして見ると、自分は中々重傷を負っていたらしい、とごんべは外されていく包帯をぼんやりと眺める。
それでも何をどうやったのかさっぱりだが傷は既に塞がり始めていて、この分ならあと1週間もすれば動けるだろ、とのことだった。

「…あの、」

今度は点滴を取り換え始めたローに、気になっていたことを聞くべくチャックをしていた口を開いた。
相変わらず視線だけ寄越してくるローとは目を合わせずに、白い掛布を見つめたまま。

「どうして、助けてくれたんですか」

あなたは海賊で、私はただの町の人間なのに。
ごんべの命を助けるためにはこうするしかなかったとさも当たり前のように言ってのけたが、考えてみれば彼にごんべの命を救う義理などない筈だ。
確かに船に乗れとは言っていたが、わざわざ海軍が近付いている中助け出して、わざわざ手間と時間をかけて治療してやるのとは訳が違う。
海賊で、しかもあの“死の外科医”である彼が、自分にそこまでの価値を見出すとは考えられないのだ。

「…確かに、お前を治療してやる義理はねェな」
「ならどうして、」
「敢えて理由をつけるなら、単なる利害の一致だ」
「……へ?」

言いながら点滴を換え終えて、いつだったかと同じように口端を持ち上げたローがごんべの座るベッドの脇に腰かける。
何となく今までで一番近くにローの存在を感じて、思わず彼の動向を凝視してしまう。
リクライニングに身体を預けたごんべの心臓の辺りにローの刺青だらけの手が伸びてきて、トン、と異常なまでに脈打つそこを指差された。

「おれはお前の馬鹿力に興味があったからな。治療ついでに見させてもらった」

結局まだ理由は分かってねェが、と。
スゥ、と心臓から腹部に伝うように下ろされた指の感覚に、背筋がゾワリと粟立つ。
けれどそれと同時に、どうしようもない倦怠感に襲われた。

彼の言うことは、つまり。

「……私、いらんところまで捌かれたんですか」
「そうとも言うな」

クク、と喉の奥で笑ったローの指は相変わらずメスを入れるようにごんべの腹部を伝っていて、その様はやたらと色気のあるものではあったのだが。
それに妙な感情を引き出されるでもなく、ごんべは天井を仰いで大きく溜息を吐いた。

「感謝するべきなのか怒るべきなのか…」
「好きにしろ」

それだけ言って出ていったローの後姿は、それはそれは満足そうだった。



(20110417)

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