S×R 不死鳥連載 | ナノ


報われないとは気づかないふりをします


吾輩は猫である。

……じゃなくて。
私は犬だ。
マルコさんに拾われて白ひげ海賊団のモビーディック号で飼われている、大きくて白くて耳の立った、犬だ。
けれど、私には本当の姿がある。
とうの昔に捨ててしまった、本当の姿が、ある。

「……あら」

誰にも知られちゃいけない。
知られれば、きっとまた私は捨てられて一人ぼっちになってしまうから。
それなのに今日、あろうことか、一度も誰にも見られなかったその姿をこの船のナースさんに見られてしまった、のだ。

「アナタ、シロちゃんよね?」

私は悪魔の実を食べた犬人間。
10歳かそこらの時、そうとは知らずに家の裏庭に生っていたその実を食べてしまった。
平和な島。何もない、平穏な島。
そこに突然、犬に化ける子供が“出来て”しまった。
当然、周りは私を気味悪がった。
後ろ指をさされ、石を投げつけられ、家族も周囲から孤立してしまった。
そうして家族は私を置いて、何処か遠くへ行ってしまった。
それまで家族に養われて生きてきた子供に、一人で生きる術なんてなかった。
島の人達に見つからないように犬の姿になって走って走って走って、家族がとうに港を出てしまったのなんて分かっていたけれど、私は一人夜の港に向かった。
とにかく船に乗ろうと思って、たまたまそこに停泊していて、たまたま荷積み用の板が掛けてあった船に乗り込んだ。
そこで出会ったのが、最初にお世話になった海賊達だった。

彼らは最初こそ驚いたもののパンをくれて、余ったおかずもくれて、何となく言葉を理解している素振りを見せる私を可愛がってくれた。
家族にさえ見捨てられた私を気味悪がらずに、受け入れてくれた。

この時だった。
私が人の姿を捨てようと思ったのは。

悪魔の実は海水に浸かると効力が切れてしまうから、なるべく甲板には出ないようにして。
眠って意識がなくなってもダメだから、人が来ない所で眠った。
幸い人の姿でいても音と匂いには敏感で、眠っていても誰かが近付くのは分かったから、とにかく人の姿を誰にも見せないように生活した。

犬として扱われることに慣れて、人の求める通りに座ることも伏せることも戸惑いはなくなった。
それから年齢を重ねても、女ではなく雌として、何の意識もされずに生活することにも抵抗はなくなった。
あの絶望をもう一度味わうくらいなら、このままでいる方が何倍もマシだと思って。

だから海賊船を降りてあの島で生活するようになってからも、一度も人の姿でいるところを見られたことなんてなかった。
なかった、のに。

今日は朝から少し身体がだるくて、故郷を出てから体調を崩したことなんてなかったのに、なんて不思議に思って、皆が甲板でお酒を飲み始めた頃を見計らって早めに寝てしまおうといつもの寝床に向かった。
ここはクルー達が立ち入り禁止になっているナースさん達の居住スペースにある物置の中だから、殆ど誰も来ない所なのだ。
熱を持ち始めた頭はすぐに眠りにおちて、私は毛布に包まったまま、きっと人の姿に戻っていた筈だ。
いつもなら、そんなこと滅多にないけれど、ここで誰かが来てもドアを開ける前に犬の姿に戻ることは容易かったのに。
今日は、今日に限って、気付けなかったのだ。
慌てて犬の姿をとろうとしても時すでに遅く。
中途半端に犬と人とが一緒くたになった奇妙な姿のまま、私は身体を震わせた。

「……いわ、ないで」
「?」
「だれにも、いわないで、ください……!!」

久しぶりに発した声は、自分でも驚くほど震えていた。
いわないでください、すてられちゃう、また一人ぼっちになっちゃう、いやだ、おねがいします。
ドアの所に立ったまま私を見ているナースさんに、ただそれだけを繰り返した。

「……大丈夫よ、落ち着いて頂戴」

ナースさんは周囲に人がいないことを確認してから、静かにドアを閉めた。
そして私を怖がらせないように、ゆっくりゆっくり、近付いてきた。
ナースさんの声は優しいけれど、やっぱり怖くて、私は毛布を手繰り寄せて縮こまる。
私のすぐそばまで来たナースさんは膝を折って、小さくなる私と目線を合わせてくれた。

「誰にも言わないわ、安心して」

私の髪を、ナースさんが梳いてくれる。
いつもマルコさん達に撫ぜられるのとは違って、柔らかい手だ。
柔らかくて細い指が何度も何度も優しく頭を撫ぜてくれて、私はようやく、引き攣ったようだった呼吸を落ち着けることができた。

「私、犬になったら、家族に捨てられた」
「……ゆっくりでいいのよ」
「みんな、犬人間だ、きもち悪いって言って、私、ひとりになって」
「……」
「でも、ただの犬になったら、みんなかわいがってくれて、一人じゃなくなって」
「そう、だったの……」
「だから、犬のままでいるから、だれにも、言わないでください……っ」

嗚咽を飲み込みながら、ナースさんにどうにか説明を試みる。
恐る恐るナースさんを見上げてみれば、全部伝わってはいないだろうけれど大体は分かってくれたみたいで、自分が辛いみたいな顔をして私をぎゅっと抱きしめてくれた。

「本当はね、ここには能力者なんて沢山いるんだから教えたって平気なのよ」
「!!」
「誰もアナタを気味悪がったりなんかしないわ」
「でも……っ」
「そうね、でもアナタが今のままを望むなら私は誰にも言わないわ」
「本当に……?」
「えぇ、約束よ」

こんなに可愛いんだから、言っちゃえば良いとは思うけどね。
ウインクをしながらもう一度頭を撫ぜてくれたナースさんは、オリヴィアと名乗ってくれた。

それから私はオリヴィアさんと同室のナースさんに紹介されて、そこで寝泊まりすることになった。
ナースさん達は皆私の話を聞いて抱き締めてくれて、秘密の妹なんてなんだか嬉しいわ、と言って笑ってくれた。
きっとこの人たちみたいに、この船の人達はみんな、私が本当は犬じゃないってことを知っても笑って受け入れてくれるんだろう。
けれど、そこで浮かぶのはやっぱりマルコさんで。

私をこの船に乗せてくれたマルコさんは、果たして本当に受け入れてくれるのだろうか。
犬だと思ったからこの船に乗せたんだとしたら、犬人間であること以外に何の取り柄もない私がこの船に乗り続けることを許してくれるのだろうか。
私がやたらとマルコさんに懐いているのも、いつもマルコさんの後ろをくっついて回っているのも、犬だから許されているんじゃないか。

マルコさんは優しい人だと思う。
オヤジさんみたいに、器の大きな人だと思う。
けれどオリヴィアさん達に受け入れてもらえた今も私の不安は消えなくて、私が人としてマルコさんに惹かれてしまっているから、それは尚更大きくなっていくような気がした。



報われないとは気づかないふりをします

このままでいても何も変わらないことなんて、分かっているのです。

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