S×R 不死鳥連載 | ナノ


たったそれだけで私の心は奪われてしまいました


吾輩は猫である。

……じゃなくて。
私は犬だ。
今は汚れて茶色になっているけれど、大きくて白くて耳の立った、犬だ。
何という犬種かは分からない。
分かるのは、大型犬ということくらい。
本当の名前はあるけれど、最近は決まった名前で呼ばれることはない。
世間一般的に、野良と呼ばれる犬だ。

私はこの島の生まれではない。
昔はちゃんと家族がいて、温かい家で暮らして、幸せだった。
けれど今は違う。
家族は船で遠くへ行ってしまった。
私は一人、置き去りにされた。
だから私は家族を追いかけて、ちょうど港にいた船に乗って、この島にやってきた。
追いかけたって追い付けないのは何となく分かっていたけれど。
あの島に一人残るのは、とてもとても寂しかったから。
潜り込んだ船は海賊船だったけれど、良い人ばかりだった。
このままこの人たちと一緒にいても良いかもしれない、って思ったけど、この先の海は危ないから、とこの島でついに降ろされてしまった。
そうしてまた、私は一人ぼっちになった。

この島は一年を通して寒い島だった。
冬には雪が降るし、夏だって風が冷たい。
けれど島の人は皆温かくて、野良の私にも優しくしてくれた。
ご飯もくれるし、村の片隅に小屋だって作ってくれた。
毛布でいっぱいの小屋は雪が降ってもあったかくて、私はこの島が大好きになった。

けれど、今私の目の前に広がる光景は一体何なのだろう。
寒い筈の島なのに、村のあちこちで火の手が上がっていて少し暑い。
いつも朝ごはんをくれる家のおばさんとおじさんが、すぐそこで倒れている。
近寄って鼻を鳴らしてみても、ピクリとも動かない。
みんなみんな、うごかない。

どうしてもその場にいることができなくて、私は震える足をどうにか動かして私の小屋まで走った。
けれどそこにあったはずの小屋はぺしゃんこになっていて、私は帰る場所を失ってしまったみたいだった。
よくきく筈の私の鼻は血と煙の臭いで麻痺してしまって、もう、どうしたらいいか分からない。
爆発の音で耳もビリビリと痛くて、遠くに人の気配を感じるけれど何もかもが怖くて動けなかった。

誰か助けて。
怖いよ、たすけて。

音がやんで、あとに残ったものは何もなかった。
村があった筈の場所にはまともに建っている家は一つもなくて、みんなみんな、動かなくなっていた。
動いているのは少しだけ残った炎と、風に揺れる瓦礫だけ。
ようやく利くようになってきた鼻をスンスンと動かしてみて、あぁこれから雨が降るな、と思った。
でも今ここには、雨をしのげる場所はない。
誰か、誰か私の声を聞いて。
そっと遠吠えをしてみても、答えてくれる声はひとつもなかった。

雨が降る。
残っていた炎も全部消えて、聞こえるのは雨粒が地面をたたく音と、たまに瓦礫が崩れる音だけ。
私は一人、瓦礫の山の真ん中で雨に打たれている。



「……こいつはひでぇよい」

後ろから声が聞こえた。
人間の男の声だ。
本当なら尻尾を振って駆け寄りたい。
けれど今の私には、静かに振り返ってその人の姿を確認することしかできなかった。

眉間に皺を寄せて村の惨状を睨むように見つめるその人の目には、私の姿は入っていないみたいだった。
茶色くなった身体はきっと、瓦礫の山と同化してしまっているんだろう。
あぁ、後ろを向いてしまう。
このままじゃ、きっとあの人も何処かへ行ってしまう。

「……ワン、」

また一人ぼっちになってしまう。
そう思った私は、重たくなった身体を必死に動かして立ち上がった。
雨の音に掻き消されないように、少しだけ大きな声で吠えた。
置いて行かないで、私を一人にしないで。

「……?」

気付いてくれた。
一度踵を返そうとしていた人は、もう一度こちらを向いてくれた。
そうしてよろよろと歩こうとする私の姿に気が付いて、ゆっくりと近付いてきてくれた。

「生きてんのは、お前だけかよい」

大きなその人はゆっくりとしゃがんで、私と目を合わせてくれる。
それだけでもう嬉しくて、さっきまで動かなかった私の尻尾がぱさりと揺れた。
私の頭に手を乗せてわしわしと撫ぜてくれたその人はもう一度辺りを見回して、そして何事か考えているようだった。
最後にオヤジも犬は嫌いじゃねェしな、なんて言葉が聞こえて、何のことだろうと首を傾げた時。
その人は、私に笑いかけてくれたのだ。

たったそれだけで私の心は奪われてしまいました

家族になってみるか、なんて。
今の私には、これ以上ないほどに嬉しい言葉でした。


[*←] | [→#]
Back




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -