S×R 桃鳥連載 | ナノ


ごめんなさい×3


天気は晴れ、波も静か。
今この船がいる海域は、とても穏やかな天気だ。
それなのに、私の置かれているこの状況は一体何なんだろう。

何を隠そう、私は見ず知らずの男に拘束されているのである。
男の右手は剣を持ちながらも器用に私の首元を抑えて口を塞いでいて、左手はこれまた器用に剣を避けて私の首元に銃口を当てている。

「動くなよ」

いやいや、動けるわけがないでしょう。

働いている店がお酒も扱うところだったから、これまでにも何度か海賊や山賊から絡まれたことはある。
でもそのどれも、適当に言うことを聞いて下手に刺激しないようにしておけば絡むだけ絡んで何事もなく立ち去っていったし、稀に武力行使に出る人たちもいたけれどそういうのは隙を見て海軍を呼べば事足りた。
私が今ここにいる原因となったあの事件(と呼ばせてもらおう)だって、せいぜいその程度だった。

こんな、海賊に絡まれた程度で猛烈に死の危険を感じることなんてなかったのに。



「(これは…まずい、よね)」

身体の自由を奪われたから動けない訳じゃなく。
単純に、恐怖で動けない。
心臓は今にも止まりそうなほど早鐘を打っているし、呼吸だって苦しいし、足だって震えてる。
本当なら泣き叫びたいところだけれど、喉が引き攣ってしまってそれすらもできない。

どうしよう、どうしようどうしよう。

ドフラミンゴさんは帰してくれるって言ってたけど、結局マスターにも町の皆にも再会できないままここで死ぬのだろうか。
この冷たい鉄の塊で撃ち抜かれて死んでしまうのだろうか。

そんなのは嫌だ、絶対に嫌だ。
でもどうすることもできない。
この人をなぎ倒すなんてもってのほかだし、逃げることも、助けを呼ぶこともできない。
どうしよう、どうすれば、いいんだろう。

「(ドフラミンゴ、さん)」

今にも殺されそうなのに、走馬灯は浮かんでこない(あれは死ぬ間際に見えるものだったっけ)。
その代わりに、何故か脳裏に浮かんだのはあのピンク色の羽。

「お嬢ちゃんはドフラミンゴの女か?」
「!!?」

ちょうどそれが頭の中を支配し始めた時、頭上からそんなことを言われてビクリと身体が震えた。
でもそれはタイミングの問題であって、決して図星を付かれたとかそんなんじゃ、ない。

「ちが、ちがう」
「なら娼婦…にゃ見えねェな」

実際私はドフラミンゴさんの女でも何でもないわけで、正直ここで関係を聞かれても返答に困る。
今私の頭の中にドフラミンゴさんが出てきたのはただ単に最後に会ったのが彼だったというだけで他意はない…筈だ。
拉致されたと言って納得してもらえるかと言えば答えは分からない。
そもそも納得してもらえたところで、かわいそうだなそれなら見逃してやるよと言う展開は望めないだろう。
それならいっそ、何も言わない方がいいような気がする。

「まァいい。どっちにしろこんな上等な部屋にいたんだ、ただの女じゃねェんだろ」

男は勝手に何やら判断を下してしまったらしい。
私はただの女なんだけども、なんて。
そんなことを突っ込む勇気はなかった。

「一緒に来てもらうぜ」

男は私の首元に銃口を突き付けたまま、これまた器用に足で扉を蹴り開けて甲板へと向かっていった。






私が静かになったと感じたのは、今の“戦場”がこの船ではなく相手方の船だったかららしい。
この人はきっと、どさくさに紛れてこっそりと船内を探っていたんだろう。
甲板には数人のクルーが残っていたけれど、彼らは私を見て一様に目を見開いていた。

「ドフラミンゴォ!!」

甲板に残っていたクルー達は、銃を突き付けられている私を見て下手に手出しはできないと判断したんだろう。
それぞれに武器を持って、こちらの様子を窺っている。
私をここまで連れてきた男はと言えば隣に寄せてある船に向かって叫び出した。
どうやらドフラミンゴさんはあちらにいる、らしいのだが。

「この女がどうなってもいいのか!!」

おぉ、小説やなんやでよくあるパターンだこれは。
ドフラミンゴさんは戦闘に参加するでもなく笑いながら状況を楽しんでいたようで、男の視線を辿ってみれば敵船のマストに腰かけているではないか。
私と目があった(と思う)ドフラミンゴさんは、一瞬だけ眉間の皺が濃くなったように見えた。

「その女がどうしたってんだ、フフフッ」

でもそれは本当に気のせいだったのかもしれない。
次の瞬間には諸手を挙げて笑いだしたのだ、ドフラミンゴさんは。
私なんて、人質としての価値はないとでも言うように。

「とぼけるなよ貴様、こいつは…」
「フッフッフッ、船ん中で匿ってたからってなァ、おれにとって価値のある奴とは限らねェ」

フフフフフッ、と、こことマストの上では離れている筈なのに、ドフラミンゴさんの笑い声はよく聞こえた。
何故だろう。
死ぬのが怖いのとは違う。
それとは違う意味で、じんわりと、目頭が熱くなったような気がした。

「試しに殺してみたらどうだ?フッフッフッ!!」

ふわりと、ドフラミンゴさんがマストから飛び降りる。
それと同時に、私を拘束している男の腕に力が込められたのを感じた。

「(そっか、そうだよね)」



心のどこかで期待していたのかもしれない。
銃を突き付けられた私を見て、ドフラミンゴさんが何かしらの反応を見せてくれるのを。





死ぬのを、覚悟した。
マスター達には、心の中で謝って。
でもやっぱり、頭に浮かぶのはこの数日間一緒に過ごしたドフラミンゴさんのことだった。

「(あれ、私、もしかして)」


―――パァン!!










銃声を、聞いた。



「こいつに限っては、殺させやしねェがな。フフフッ!!」

けれど痛みはない。
首元の圧迫感もなくなった。
代わりに感じるのは、ふわふわとした羽毛の感触。





「…フフッ、おれ以外に捕まってくれるなよ権兵衛」





聞こえてきた声は、馬鹿な私にはあまりにも優し過ぎるものだった。





めんなさいごんなさいごめなさい



言われた通りにしなくてごめんなさい。
見つかってごめんなさい。



疑ってしまって、ごめんなさい。

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