S×R 桃鳥連載 | ナノ


―――終わった。


私がドフラミンゴさんの船に乗り込んでから3日ほどが経った。
殆どを船室の中で過ごしていた私にはどんな経路をたどってきたのかさっぱりだったけれど、どうやら真冬と真夏の気候を繰り返すとんでもない海域を進んでいたらしい。
ようやっと甲板に出ることを許された私は、それを聞いて初めて船室に閉じ込められていた理由を知ることになった。

「(…逃げられないように、ってわけじゃなかったんだ)」

ちなみに3日前あれほど悩んでいたことは、今はなるべく考えないようにしている。
あの後ドフラミンゴさんの腕の中で(自分で言ってて恥ずかしいけど)悶々と考えたけれど、結局答えなんて分からないのだ。
最初に顔を合わせてから今まで、ドフラミンゴさんは私に本心を見せたりはしなかった。
きっと、ドフラミンゴさんの考えていることは誰がどんなに悩んだところで本人にしか分からないんだろう、と思う。そんな人なのだ。
だから、私に見せてくれた優しさはただ事実として受け止めて…私はただの一般人で、きっとドフラミンゴさんとはこの航海が終わったら赤の他人に戻ってしまう関係なのだと、そう考えることにして。
この3日間目に見えて大事に扱われたおかげでそう考えるのもなんだか心苦しくなってしまったけれど、そのことにも目を瞑ることにしたのだ、私は。


「フフフッ、気候が安定した。もうすぐ島が見える筈だ」

だから、普通に生活していては絶対に味わえない経験…それを純粋に楽しんでみようとさえ思う。
幸い私を拉致したドフラミンゴさんは私に危害を加えるつもりはないらしいし、さっきも言ったけどやたらと大事に扱ってくれるし…。
そんなことを考えながら地平線の彼方をぼんやりと眺めていた私の隣に、桃色がやってくる。
いつものようにピンク色の上着を羽織ったドフラミンゴさんは、海ではなくそれを眺める私を見ているらしい。

「海って…今更だけど…広いんですね」
「お前の知らない世界はごまんとあるからなァ、フッフッフッ!!」

本当に、ただ海の上にいるだけだというのに、ここは私の全く知らない世界のようだった。
きっと、ドフラミンゴさんに拉致されなかったら一生見ることはなかったであろう景色…その光景に、目を奪われてしまう自分がいる。
そんな私の頭はドフラミンゴさんにわしゃわしゃと撫ぜられてしまって、恥ずかしいやら何やら、もっと高いところから見てみるかお嬢さん、と恭しく差し出された手を素直に取るしかなくなってしまった。



「う、うわぁ…!!」
「フフフ、あんま乗り出し過ぎるなよ」

ドフラミンゴさんに連れられて、私は船のマストの上の見張り台…ではなく(流石にあんな狭い所に2人で登るのはキツイだろう…ドフラミンゴさん大きいし)、その下に位置するメインマストの展望台に上がっていた。
巨大な船のメインマストはこれまた巨大で、外からは分からなかったけれど中に螺旋階段があったのだ(2重構造なんだろうか…螺旋階段の内側に大きな支柱があるらしい。船の構造なんてよく分からないけど凄いんじゃないだろうか)。
そこを登っていけば、360度周囲を見渡せる展望台があって。
低い柵しかないそこは体中に風を感じて、まるで空を飛んでいる気分だ。

「凄い!!ドフラミンゴさんこれ凄いです!!」
「気に入ったんなら何よりだけどな、はしゃぎすぎて落ちてくれるなよ。フッフッフッ!!」

年甲斐もなくはしゃいでしまって、思わず柵に手を掛けて身を乗り出してしまう私の腰に回される長い腕。
私の身体を支える腕は何故だか凄く頼りになるように思えて、このまま力を抜いてこの腕に全てを委ねても平気なんじゃないかとまで考えてしまう。
ついでに甲板より強い風に掻き消されないよう耳元に響いた声に、顔が熱くなる。

「ドフラミンゴさん、あれ、あれ島ですか!?」
「あァー…そうだな、ありゃ上陸する予定の島だ」

けれどその時ちょうど視界に捉えた小さな影に、私の意識は上手いこと一気にそちらへと移動する。
だからドフラミンゴさんが島影なんてまったく見ずに、ずっと私の顔を眺めていたことには気付けなかった。



「前方から海賊船が3隻ほど近付いていますが…どうしますか?」
「テメェ等でどうにかしろ、そのくらい」

展望台から降りた私達を待ち構えていたのは、なにやら慌てた様子のクルーの姿だった。
どうやら他の海賊船が前方にいるらしい。
様子からして、敵船なんだろう。

「しかしあの規模ですとこちらの損害も…」
「チッ…、こっちに向かってきてるのか」
「は、はい」
「面倒くせェから回避してやろうかと思ったが…そうもいかねェか」

ドフラミンゴさんは一度は一蹴したけれど、クルーの言葉に小さく舌打ちをして何やら指示を出し始めた。
私には何を言っているのかよく分からなかったけれど、クルーが走って私達の前からいなくなったあとドフラミンゴさんは私の手を引いて歩きだした。


「ドフラミンゴさん?」
「危ねェからおれが来るまで出てくるな」

連れてこられたのは、今日まで私が過ごした船室…の、床にある隠し扉から降りられる部屋だった。
綺麗に片付いてはいるが普段は使われていないんだろう。
必要最低限の道具しか置いていないそこからは、人のいた気配と言うものが露ほども感じられなかった。

「ここにいりゃお前が出てこない限り誰も気付かねェ」
「あ、あの…」

戦うんですか、と。
答えは分かり切っていたけれど、思わず聞いてしまう。
海の上での戦いなんて初めてで、不安だった。
王下七武海と言うくらいだからこの人が強いことは分かる。
けれど、自分がその渦中に身を置くことになるなんて…酒場で海賊をあしらうのとはわけが違うのだ。

「フフフッ、そんな顔するんじゃねェよ」

けれどドフラミンゴさんは怖いくらいいつも通りで、笑って私の頭をぐりぐりと撫ぜる。

「権兵衛、おれが来るまで良い子にしてな。フッフッフッ!!」

私は乱れた髪を撫でつけることもせず、階段を上るドフラミンゴさんの背中を見送った。

それから少しして、大砲を撃つ大きな音がこの部屋にも響き始めた。








「……静かになった、けど」

暫くの間地響きのような音が何度も響いて、あぁこれは大砲を撃ってるんだ、今のは撃たれた音かな、当たっちゃったのかななんて考えていた。
その後は微かに剣や銃で戦っているらしき音と男性の怒鳴り合う声が聞こえて、一度は上の部屋に誰かが入ってきた足音が聞こえて心臓が震えあがったけどその後は何事もなく。

今さっき大きく船体が揺れて、大きな波の音がしたからもしかしたら敵船を沈めてしまったのかもしれない。

「終わったの、かな」

窓も何もないこの部屋で、音が消えて外の情報がなにもなくなると途端に不安が大きくなった。
戦いは終わったのか、敵は逃げたのか、ドフラミンゴさんはどうしたのか。
周りが静かになった分自分の鼓動がやけに大きく感じられて、それが余計に私の不安を煽る。

少し、様子を見てみようか。

何度そう思ったことか。
一度だけ、ほんの一瞬だけ上の部屋に顔を出すだけでいい。
何度も何度も考えて、そのたびにドフラミンゴさんの言葉を思い出してその衝動に耐えた。
勝手知らぬ船の中、経験したことのない戦いの中。
それをよく知る人の言葉に従わないのは馬鹿のすることだと。

だけど。

静かになってから、もう大分経つ。
足音は聞こえない。
戦いの音も聞こえない。
ドフラミンゴさんは、来ない。

不安で不安で仕方がなかった。
そんな不安が大きくなるにつれて、外の様子を知りたいという衝動も強くなっていく。

「……一瞬、だけ」

不安がそのまま音を立てているようにバクバクと鳴る鼓動。
そのまま止まってしまうのではないかと思えるくらいに悲鳴をあげる心を落ち着かせたくて、私の足は一歩、また一歩と上の部屋へと繋がる階段を昇り始めていた。

一つ大きく深呼吸して、扉に手をかける。
意を決して押し上げると、意外にもそれは簡単に開いてしまった。
少しだけ持ち上げたまま、頭だけ出して部屋の様子を窺う。
そこには誰もいなかった。
だから私はなるべく音をたてないように、なるべく小さくなってそこから出た。

ゆっくりゆっくり、窓に近づく。
ここからほんの少し様子を見て、すぐにあの部屋に戻ろうと。

そうしてこっそりと窓の端から外を覗いた瞬間、私はそれを後悔することになった。

「……!!!!!」

海賊だった。
右手に剣、左手に銃を持った海賊が、こちらに背を向けていた。
それだけならまだよかったのに、あろうことか私がそれに気付いた瞬間向こうもこっちに気付いてしまった。
くるりと振り返った男と私の視線がかち合う。
まずい、そう思った時にはもう遅かった。

私が外を覗いた窓は、この部屋に通じる扉のすぐ横にあったのだ。



―――わった。

隠し扉を開けて下の部屋に潜り込もうとした時、部屋の扉が開け放たれる。
叫び声をあげる暇もなく私の身体は拘束されて口を塞がれて、首元に銃が突き付けられた。

「大人しくしろよ、お嬢ちゃん」

男の卑下た笑いが鼓膜を揺さぶって、それがひどく不快に感じられた。


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