S×R 桃鳥連載 | ナノ


オワリハジマリ


たった数日離れていただけなのに、なんだかとても懐かしく感じる。
私は、故郷の島に帰ってきた。

歩き慣れた道を、一人、店に向かって歩く。
知った顔もちらほらあるけれど、私は彼ら一人一人と目を合わせることはしなかった。
皆も私がここからいなくなった時のことを覚えてるんだろう。
無事でいることを不思議に思っているんだろうか、様子を窺うようにこちらを見るだけで声をかけてくることはなかった。

マスターは、元気でいるかな。
王下七武海を目の前にしてしまって、心労で倒れてやいないだろうか。
もしかしたら、私が戻ってこないと思って新しい人を雇ったかもしれないな。
そんなことを考えて、少しだけ寂しくなる。
けれど下は向かなかった。
私はただ、真っ直ぐ前を見て歩き続けた。



「いらっしゃ……権兵衛ちゃん!!」

開店後間もない店の扉を開ける。
そこにはちょっと見ない間に少し痩せてしまったマスターと、この時間帯にいつもやってきていた常連さん数人の姿があった。
皆が皆、私の姿を見て目を見開いて驚いている。

束の間の沈黙。
それを破ったのは、目に涙を浮かべたマスターだった。

「権兵衛ちゃん、もう戻ってこないかと…!!良かった、本当に…」
「怖かっただろうに、よく無事で戻ってきたなァ…!!」
「何にもされてないんだな!?」

マスターがカウンターを抜けて走り寄ってくる。
常連さん達も、良かった良かった、と言って私に歩み寄ってきてくれた。

「心配掛けてごめんなさい」

私は大丈夫、と。
満面の笑みで返した私に、マスターが驚いたような表情を浮かべた。
無理もないだろう。
彼らからしたら、たとえ政府公認とはいえ王下七武海なんてものは畏怖の対象でしかないのだから。

「権兵衛ちゃん…何かあったのかい?」

マスターとはもう長い付き合いだ。
何かあった時は一番に心配してくれたし、いつも私のことを気にかけてくれていた。
両親を亡くした私にとって、親みたいな存在。
私のことを理解してくれて、背中を押してくれる存在。
今だってそう。
私が笑顔の裏で泣きそうになっているのに気付いている。
それが、恐怖とか畏怖とか、そういったものから来てるんじゃないってことにも。

「マスター、ごめんなさい」

何かを悟ったようなマスターの表情に、堪えていた涙が溢れそうになる。
常連さん達は何事かと私とマスターの様子を見守っていた。

「…行くのかい?」

やっぱり、マスターには分かっちゃうんだなぁ。
ちょっと寂しそうに笑って、そう言ってくれたマスター。
私だって、寂しい。
きっと恩だってまだ返せてない。
でも、それでも私は、

「権兵衛ちゃんはまだ若いんだ、ずっとここにいることなんてないんだよ」
「マスター…」
「良い機会だ、行っておいで」

私の涙腺はそんなに強くないんだよマスター。
ぽんぽんと頭を撫ぜられて、私の両目からはついに涙が溢れ出した。
思わずマスターに抱きついて、わんわんと泣く。
よしよしと頭を撫ぜる手は優しくて、いつでも遊びにおいでと言ってくれる声はあったかくて、権兵衛ちゃんの望むように生きてくれるのが一番嬉しいよという言葉が本当にお父さんに言われているみたいで、私の涙は中々止まってくれなかった。



「…行って、きます」
「身体には気を付けるんだよ」

暫くたって、私はごしごしと涙を拭って姿勢を正した。
最後の最後までマスターは私を泣かせたいんだろうか。
それまで固唾を呑んで見守っていた常連さん達も、たまには帰ってこいとか寂しくなるなぁとか嬉しいことを言ってくれて、名残惜しいけれどそれに背中を押された気分だった。

最後にもう一度マスターとハグをして、私は笑顔で店を出た。
必要なのはこの身一つ、だ。



「フフフッ、戻ってこないかと思ったぜ」

店の扉をくぐった瞬間聞こえてきた声。
それは間違いなく、船で待っている筈のドフラミンゴさんのものだった。

「船で待ってるんじゃ…」
「おれは待つのが嫌いなんだよ。フッフッフッ!!」

どっちにしろ待っててくれたじゃないか、なんてツッコミはこの際野暮だ。
いつもはポケットに入れられている筈の右手がぶらりと下がっている。
私はその手を取って、ぎゅうと握り締めた。

「本当にいいんだな?」
「いやだって言ったらどうするんですか」
「今更言われたって逃がしやしねェよ、フフフッ!!」

ドフラミンゴさんはその大きな手で私の左手を握り返した…かと思ったら、そのままぐいと腕を引かれて。
勢いよく倒れ込んだ私は思いっきりドフラミンゴさんに抱きついてしまった。

「フフフッ…これでお前はおれのモンだ、権兵衛」

そのままの体勢で、腰を屈めたドフラミンゴさんに耳元で囁かれて顔が熱くなる。
今の私には、ここが店の前だとか公衆の面前だとかしかもそれが見知った人達ばかりだとか、そんなことを気にしている余裕はなかった。

「飽きて捨てるのは無しですよ」
「どうだかな、フフフフフッ!!」
「え、ちょっとドフラミンゴさ…!!」

ドフラミンゴさんの言葉に慌てて顔を上げた私。
そして、それを狙っていたかのように落とされたキス。

「…安心しとけ、泣いて懇願されようが何されようが、死んでも離してやらねェよ」


静止した私に不敵に笑って、ドフラミンゴさんはもう一度キスをくれた。



オワリジマリ(サヨナラ)



私はこの人と、一緒にいきます。



......fin.

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