S×R 桃鳥連載 | ナノ


その日は私の終わりの日


空はもう暗くなった。
夜がこの街を支配しようとしていて、それでも人々の活気は失われない。
そんな中、私のいる…私とドフラミンゴさんのいる細い路地だけは、喧騒を遠くに静まり返っていた。

「……ドフラミンゴ、さん」
「フッフッフッ、急にいなくなるから迷子かと思ったぜ」
「……」
「どうして逃げた?」

ドフラミンゴさんは、木箱の陰で縮こまる私の前にしゃがみ込む。
何も言えない私はただ目の前のこの人を見上げて、そして俯いた。
ドフラミンゴさんの手が、俯いた私の頬に触れる。

「権兵衛、顔上げろ」

その手に促されれば私は従う他なくて、下に向けたばかりの顔をゆっくりと上げた。
そこにあったのはいつもの三日月ではなくて、相変わらずサングラスの向こう側は見えないけれどどこか困ったような、そんな表情を浮かべたドフラミンゴさんの姿だった。

「こんなところで逃げ出したって帰れやしねェのは分かってんだろ?」

そんなことは分かってます、と。
言葉を発さない代わりに、私は小さく頷いた。
この島でドフラミンゴさんから逃げたところで、故郷の島に私一人の力で帰ることなんてできないってことは分かっている。
それでも私はドフラミンゴさんの傍から離れなくちゃいけない気がしたんだ。
ここで一人になったってどうにもならないってことよりも、ドフラミンゴさんの隣から離れることの方が重要だったんだ。
私が、今まで通りの私でいるためには。

「帰りたかったのか」

島には帰りたい、けど今逃げ出したのはそれが理由じゃないんです。

「おれが怖いか」

最初は怖かったです、けど今は怖くなんかないんです。

「ならどうして逃げた?」
「………、から」

それまでドフラミンゴさんの言葉に首を振るだけだった私。
けど、もう耐えられなかった。
私に問いかけるドフラミンゴさんの声が優し過ぎて、私の目から意思を読み取ろうとするドフラミンゴさんの表情が海賊でも王下七武海でもなんでもない、ただのドフラミンゴさんに見えてしまって。
これ以上、自分の気持ちを誤魔化すことができなくなってしまった。

「いつか、絶対さよならをする時が来る、から」
「……」
「ドフラミンゴさんと私じゃ、立場が違いすぎるから」

ドフラミンゴさんは何も言わない。
黙って、私の言葉に耳を傾けている。
何を考えているんだろう。
真剣そうな表情で、心の中では私を嘲笑っているんだろうか。

…でも、そうじゃないと信じたい。
私に向けてくれた温かさは、私がどうしようもなく惹かれてしまったあの優しさは嘘なんかじゃなかったんだと、信じたい。

「それなのに、好きに、なっちゃったから」

だから、今離れなきゃダメだって思ったんです。

ドフラミンゴさんは相変わらず無言で、いつもの笑みを浮かべていない表情からは何も読み取ることはできなかった。

…言ってしまった。
もう、後には戻れないんだろう。
何事もなくこの島に滞在して、約束通り故郷でお別れをすれば良かったんだろうか。
それとも、今ここで何も言わずにドフラミンゴさんの腕を振り払えばよかったんだろうか。
その後は、何もなかったことにして。
そうしてドフラミンゴさんが私を忘れて、私がドフラミンゴさんを忘れられる日が来るのを待てばよかったんだろうか。

でも、もう戻れなくなってしまった。

私はもう、ドフラミンゴさんから目を逸らすことをやめた。
言ってしまったことはなかったことには出来ない。
私にはもう、ドフラミンゴさんの反応を待つしかできないのだ。

「………それでいいんだな?」

ドフラミンゴさんは、一度小さな溜息を吐いた。
私はその意味を悪い方向に捉えてしまって、ビクリと肩を震わせてしまったけれど。
ドフラミンゴさんは溜息の後、私の震えた肩に手を添えてそう言った。

「諦めて帰してやるつもりだったんだがなァ」

もう遠慮はしねェ、と。
そんな声を聞いたのと、ドフラミンゴさんの薄い唇が私のそれを塞いだのとは、ほとんど同時だったような気がする。



その日はの終わりの日


ドフラミンゴさんを知らなかった頃の私。
ドフラミンゴさんを怖がっていた時の私。
ドフラミンゴさんに抱いてしまった気持ちに蓋をしていた私。



そんな私はみんな、今日この時。
この世界から消えてなくなってしまった。


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